「今日のところは、ウチの一年と練習してもらおうと思う。よしっ!それじゃあ、一本ずつのタイムトライアルから始めようとしようか」


パンッと手を叩いて御子柴は告げるが、水着にならずジャージ姿でいる怜に声を掛ける。早く水着になるようにと。
助け舟といわんばかりに、渚が水着を忘れたと口にするが、予備の水着を貸すからと言われてしまう。結局、参加せざるを得ない状況に陥ってしまった。

「泳がないっていう約束だったはずじゃないですか」
「大丈夫、タイムトライアルって言っても、ちょっとぐらい遅くても大丈夫だから」
「だから、そういう問題じゃなくて」
「二人とも、ほら、真琴が泳ぐよ」

始まってしまったものを、どうこう言っても仕方がないものだ。ここは見ていた方がいいと樹が口にすれば、渚も同じように告げた。

「……真琴」

真琴の飛び込み、水の音、水を掻く腕、蹴る足。水を押しのけて進む、そのスタイルを久し振りに見た。
壁にタッチをすれば、御子柴が首に掛けたホイッスルを鳴らしスタート台に立っていた渚が飛び込む。水から上がった真琴が、怜へと声を掛けた。

「次、竜ヶ崎くんの番だよ」
「だから、僕はっ…」
「おい、次!早くスタート台に行けッ!」
「まあ、ここまで来たらさ」

スタート台に立とうとしない怜に、御子柴と似鳥からも準備をしろと言われてしまう。真琴にも、やろうと告げられる。

「わかりましたよ!」
「怜くん…‥?」

緊張をしているだけと思っていたが、引っ掛かりのある その表情に樹が声を掛けようとするが、怜には届いていなかったようだ。
遙から水をなめるなと言われた怜は「なめてません!!」と口にし、大きく息を吸ってスタート台へと立った。


「綺麗なフォームだ」


真琴の言う通り、怜のスタート台での姿勢は理想ともいえるフォームだ。
足を前まで出して、指全体で角を掴むように、その姿勢からホイッスルの合図と共に飛び込む。スタート台から足が離れる瞬間に、指先で台を押した。
腕は綺麗に伸びきっていたが、怜は飛んだ直後に膝が曲がり、そのままプールへ豪快な水飛沫をあげて落ちてしまう。


「ええええぇーーーーえ!!!!」


その姿に、真琴や渚、江たちは一斉に声を上げる。
だが、水面の様子がおかしかった。あの時と同じ、心臓の音が嫌に大きく煩く私の耳に聞こえてしまう。鼓動が速い。
沈んだまま浮かんでこない怜へと、遙が助けるために飛び込んだ。


「樹ちゃん!?」


みんながプール内を見つめる中、ただひとり、真琴は樹へと声を掛けた。樹の顔色はみるみると変化し、青ざめていっている。か細い声と荒い息遣いに、真琴は その樹の体を包んだ。


「……っ…ハル、ハル、……おねがい…助けてっ…」

「…見ないでいい。見ないで!目を瞑って俺の言葉をよく聞いて。ゆっくり深呼吸するんだ……」

「……っ、」

「ハルと、渚が竜ヶ崎くんを助けたから大丈夫だよ」


少しだけ、少しだけ、落ち着きを取り戻した樹が、自分から真琴の腕を取り、怜の様子を見ようと顔を覗かせた。
水を吐きながらも、怜の意識はしっかりとあるようで、小さな声で「……よかった」と樹は呟いた。
真琴は外の空気を吸ったほうがいいと告げてくれたが、私は大丈夫だから居させて欲しいと告げた。自分のことで、迷惑を掛けたくない。


「真琴も、私ばっかり構ってないで部長としての役割果たさないと」
「うん、わかっているけど」
「心配しすぎだって。大丈夫だから…ほら、真琴は部長なんだし、しっかり!」


座り込む怜へと渚が声を掛け、その顔色を真琴や江、その後ろから遙、樹が覗く。渚が怜に対して、泳げなかったのかと口にした。

「それなら最初に言ってくれればよかったのに」
「言えるわけないでしょ、カナヅチなんて、僕の美意識に反する」
「鮫柄には俺の方から言っておくから、無理を言って悪かったな。…あ!ほらっ、ハルが泳ぐよ」

スタート台に準備する遙に気付き、その光景を見ようとみんなが顔を向けた。樹は怜の隣に座って、声を掛ける。


「泳げるよ。ハルと真琴、それに渚がいれば、すぐに一緒に泳ぐことが出来る……」

「え…?」


御子柴の合図と共に、遙が左足を後方に下げクラウチングスタートの姿勢を取った。
左足は爪先だけつけて、後ろ足で台を思いっきり蹴る。少しだけ早く水面まで飛ぶことが出来る、それが遙のスタイル。
見ているこちら側が引き込まれるような、感覚になってしまう遙の泳ぎ。静かな水の音、水中でとる流線、遙は抗うことなく水を受け入れている。


「やっぱり綺麗だね」


分かっているが、口に出さずにはいられないのが渚だ。真琴と渚の間に立つように、立ち上がって食い入るように見つめる怜に、真琴が声を掛ける。

「どうかした?」
「いえ、なんというか」
「えへへ。ね!だから、言ったでしょ!ハルちゃんの泳ぎ凄いって」


理論でも計算でもない、力強い 何か、自分にはない何かを、怜は感じ取っていた。
それは、樹も同じだった。遙の泳ぎを見ていると自分も、もう一度と思ってしまう。



「うん、きっと…」



座りながら遙の泳ぎを見つめる樹を、上のギャラリーから凛が見ていたとは誰も気付いてはいなかった。もちろん、樹と真琴の様子も凛は目撃していた。



「樹…。お前に、何があった?」




“水が表す流線”




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