駅で待って、陸上部の竜ヶ崎怜を勧誘したが、やはり断られたことを言いに 渚は遙たちの教室に訪れていた。
窓際の一番後ろが遙の席。机には、ちょうど水泳部の勧誘ポスターを作製中のようで下書きのイラストが置いてある。
「ダメだったー。どうしても、うんって言ってくれない。怜ちゃん、水が嫌いみたい」
「そんな奴はほっとけ。水に入れるな、」
「そんなことを言ってると、誰も入ってくれないよ!そしたら、冬はひたすら筋トレにマラソンだよ!いいの、ハルちゃん!本当に、いいの!」
肩から崩れていた渚が、遙の言葉を聞いて屋内プールから遠退いてしまうことを訴えれば、遙の顔が見る見る変わっていく。最終的に、攻め入られた渚に顔を背けてポツリ、嫌だと遙は負けを認めていた。
「んー、その竜ヶ崎くんっていう子以外も、勧誘ダメだしねー」
「あれ?樹ちゃん、どうかしたの?」
「あ、うん。ハルか真琴のどっちかに日本史の教科書、貸して欲しくって」
「それなら、俺持って来てるから」
不意に現れた樹は、教科書を忘れてしまい借りに来たといった。真琴が座っていた椅子から自分の席に戻り、教科書を探そうとする。渚は樹の顔をマジマジと見て、ポンと手を叩いた。
「あ!樹ちゃんが水着になって、部活勧誘ってのは?」
「は…?」
突拍子もない発言に、遙と真琴は席を立ち二人揃って声を上げた。
「「ダメだ!!!!」」
二人の制止に渚は驚きながらも「なら、あまちゃん先生にお願いして一肌脱いでもらうしか」と告げていたが、この案も途中から現れた天方先生に却下されてしまった。
「なぁ、ハル。大会に出る話になっているけど、ハルは良いんだよね。…また、凛と勝負することになっても。それでまた、凛に勝つようなことになっても」
樹と別れた後、遙と真琴は通学路となる漁港近くの通りを二人で歩いていた。青々とした空から夕映えの色褪せた灰色へと変わっていた。
「誰かから聞いたのか?」
「この前、樹ちゃんと一緒に笹部コーチに偶然会って」
「…昔のことだからな、それにあいつもまた泳ぐ気になっている。それでいい」
遙が思い出すのは、あの瞬間の凛の表情だった。だが、凛も泳ぐために水泳部に入ったといっていた。だから、それでいいと遙は口にする。
「うんっ、」
「…‥真琴は、樹が泳がない理由を知っているか?」
「えっ、……いきなりどうしたの?」
一瞬だけ、顔を曇らした真琴は遙からの視線から、逃げるようにそのまま自分の足元へと顔を向けた。その質問にどう返せばいいか分からず、顔を逸らした。なぜだか、答えたくはなかった。
「いや、なんでない」
遙の言葉を聞いて安心した自分がいることに、真琴は思ってしまった。それは、自分と樹の秘密にしておきたいと。
“夕焼けに移す闇”
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