「ハルー、そんなにプールの水へと近づくと落ちるよ?」

「へ、くしゅん…‥‥落ちても、泳ぐからいい」


プールサイドで早く泳ぎたいと思っている遙を置いて、更衣室に戻れば 江が真琴と渚に屋内プールが完備されているスポーツジムのビラを二人に見せていた。
“サンシャインAQUA SPORTS GYM”ゆったりと開放的な空間で、新しい自分をつくろう。春の入会キャンペーンといった、スポーツジムのお決まりな謳い文句が書かれてあった。

「おぉー、オフシーズンはここで泳げるの?すごーい!」
「でしょ!ウチみたいに屋内プールがない学校は、こういう場所を借りて練習すればいいと思って」
「さすが、ゴウちゃん!敏腕マネージャー」
「だからゴウじゃなくて、“コウ”!!」

そのやり取りを横から覗きこむように、お邪魔をすれば三人に驚かれてしまった。

「すいませんね、私は敏腕マネージャーじゃなくて」
「そんな、イツキちゃん!イツキちゃんに対しては、何も言ってないのに!!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてっ」

江を間に挟んでそんなやりとりをしていれば、いつのまにかプールサイドから戻った遙が後ろから現れる。

「あ、遙先輩!」

真琴と渚の間を通り、遙は江が手にしていたビラを奪い取った。まじまじと、眺めるために。そして口にする。

「お金は?」
「そこはもちろん、部費で」

江の言葉におーっと、口にしながら渚が頷いた。

「なるほど」
「このジム、まともに入会するとかなり高いよ。それが部費で使えるなんて」
「しかも、プール以外もあるね!体力作りにも、持ってこいじゃん!」

真琴が言うように確かに金額が高い。そして、プール以外でも使える。
ビラを両手で握りしめているだけで、何も言わない遙に、真琴はその考えているだろう言葉を口にした。

「これこそ、水泳部を作った真の目的……って思っただろう」
「っ、うるさい」

図星であるからこそ、遙は真琴からの目線を逸らすように顔を横へと向けた。

「これで、一年中泳ぎ放題だね!」
「あ!でもさ、新設したばっかの部活に部費なんかあるのかな?」
「樹ちゃんの言うことも一理あるかも知れないから、とりあえず訊きに行ってみようっか」


淡い期待を胸に、全員で職員室にいる 顧問となる天方先生の元へ訪れたが、見事打ち砕かれてしまった。


渚が「なんでですか」と口にすれば、予想通りの言葉が返ってくる。新設したばかりの実績もないクラブに、たくさんの部費がでるはずもないとのことだ。

「聖書の一説にもあります!働かざる者は食うべからず」

人差し指を立てて、思い出したように天方先生は告げた。古文担当の先生なので、よく何かに例えて伝えるがどこかズレている。

「それは、ニュアンスがちょっと違うんじゃ…」
「プールは食べないです」
「でも、まぁー実績を作ればいいんじゃないの?」

樹の言葉に江はビラを握りしめ、天方先生に問い質す。


「そうですよね!実績をだせばいいってことですか?」
「そうねー、部費がたくさん欲しければ、それが一番、手っ取り早い方法かしら」


部費や予算に期待が持てそうになれば、真琴や渚たちの表情が明るくなった。一番、分かりやすいのが遙だ。樹の隣で「実績…」と呟いている。


「それじゃあ、夏の大会で記録を出せば?」
「二学期の予算会議で申請が通るかも。でも、会議でアピールするなら せめて選手四人はいないと弱いわねぇー」


遙は自分のネクタイを緩め、固唾を呑んだ。事の成り行きを通常なら、ただ 見守っているだけだが、今回は違うからだ。


「選手、あとひとりで泳ぎ放題……‥‥っ!」
「ハル!?」


小声で呟いた遙だったが、ばっちり隣にいた 樹には聞こえていた。いきなり立ち去った、遙の後ろ姿に真琴たちは戸惑ってしまう。


「なんか、ハルの スイッチが入っちゃったみたい」


職員室から出ていった遙を追うように、樹たちも廊下に出れば、遙が一年生に話しかけていた。
お手製の岩鳶ちゃんストラップをだして「コレやるから、水泳部に入れ」とのことだ。だが、いりませんと一言告げられて去られてしまう。

「ダメだぁー、あれがハルの精一杯」
「いやいや、真琴…ハルは頑張ったよ」
「ハルちゃん!ドンマイ!」


“やる気を出す方法”




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