岩鳶駅からの帰り道、思い出に浸ろうとスイミングスクールに立ち寄った。
だが、目の前に広がる光景は取り壊しの工事が始まっている様子だった。正面の約右半分がショベルカーで取り壊されていて、それを前にして私は立ちつくすことしか出来なかった。
「ん、樹ちゃん?」
「あれ、真琴?」
ここでの思い出を頭の中で探り返そうとすれば、名前を呼ばれる。
振り返れば、私服姿の真琴が父親から取り壊しが決まったことを知って見に来たといった。二人で、ただ前を向いて立ちつくしていれば声を掛けられる。
「辛いよね〜、思い出がこうやって形を無くしちまうっていうのは、君たちも関係者か何かかい?ま、時代には抗えないってことだな。寂しいね〜え」
「あぁーあ!!」
“PizzaBoy”と描かれているピザ屋のバイクに跨った人に声を掛けられたのだが、どこかで見覚えがあった。真琴は声をあげて、私に気付かない?と告げてくる。
「樹ちゃん、ほら!!スイミングクラブの!!」
「あー!ひょっとして笹部コーチ!!」
ちゃらんぽらんで、ヌハハハッと豪勢に笑っている印象が強かった笹部吾朗コーチを思い出す。
バイクに跨るコーチへ真琴と一緒に駆け寄るが、いまいち私たちのことを分かっていないようで笹部コーチは首を傾げた。
「真琴です。橘真琴!で、こっちは…」
「真琴!私はハルじゃないから!朝日奈ですよ、朝日奈樹!」
笹部コーチは目を見開き、大きく頷いた。変わらない笑い声で「二人ともでっかくなったなぁー」と口にする。
その言葉に、高校生となれば、成長するのも当たり前だが、これは言わないでおこう。
「お久しぶりです」「ですねー」
真琴の言葉に付け足すように告げれば、樹は相変わらずだなぁ と言われてしまう。笹部コーチはピザ屋のバイトをしているという。真琴に話し掛けるように笹部コーチは口にする。
「お前らもここの最後を見届けに来たのか」
「笹部コーチも?」
「配達の帰りにちょっとな。他のやつらは元気にしてるか?」
「はい、ハルも 渚も同じ学校です」
「ちなみに、私も同じ学校ですから」
真琴の横から覗き込むように口を出せば、笹部コーチは嬉しそうに笑う。
「おぉ、お前らは遙を交えて昔からそんな感じだもんな。あ、凛とも仲良くやってるか?」
真琴は少し困った顔をしながら「はい、学校はちがうけど」と、笹部コーチに答えた。私は二人の話に耳を傾ける。
「オーストラリアから帰ったんだな、凛。最後に見たとき、随分落ち込んでたから心配してたんだよ」
「落ち込んでた?」
「遙から聞いていないのか。確か、お前たちが中学一年の冬のことだ。年末、閉館間際の時間に遙と凛がフラッとやってきたんだ。帰省したらばったり会ったとかで」
「まさか、そこで二人は勝負を?」
勝負をしたが、遙があっさりと勝ってしまったとのことだ。水泳留学をしているのに関わらず、遙に負けてしまった凛はえらく落ち込んでしまったと。
それを聞いて思い出すのは、あのとき“凛と会った”と告げた辛そうな遙の顔だった。
「うお、二人ともどうかしたか?」
「いえ」
「………いえ」
それで、凛を傷つけてしまったからハルは競泳を辞めてしまったんだと私と真琴は知った。
「樹ちゃんは、驚かなかったね。ハルと凛が会って勝負したこと」
「うん。ハルが、凛に会ったことは聞いていたから。でも、勝負したことは知らなかったよ」
家までの帰り道、暗い夜道だからと言って真琴は送ってくれる。海の匂いを運びながら夜風で、髪が揺れた。少しの沈黙が、妙に長く感じてしまう。
「俺さ!凛に伝えるよ」
「え?」
「もう一度、一緒に泳ぎたいからさ!もちろん、樹とも俺は泳ぎたいんだよ!!」
何も答えらずいれば、家はすぐそばだった。私は、家の近くまで送ってくれた真琴に ありがとう と告げて別れた。
“それを知る”
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