ほとんどの作業が一段落した日、渚が廊下で勧誘に勤しんでいるのを見かけた。
渚の行動力の良さをハルも見らなってほしいっと思ってしまうが、そうしたらハルでなくなると思って頭を左右に振った。

「おっと、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」

考え事をしながら歩いていたため、男子と打つかってしまう。ケガはないですかと聞きながら、丁寧にお辞儀をしてくれた。赤縁眼鏡が印象的だった下級生の男の子。


「赤いネクタイだからあの子も、渚と一緒の学年か……」


そんな渚は、負けじと勧誘活動中だ。海が近くにあるのにわざわざプールで泳がなきゃいけないのかと言っている男子生徒がいたが、海とプールはまた違うんだけどな。


「ちょっと、ちょっと!イツキちゃん、見ているなら手伝ってくれてもいいじゃん」
「なんで、私が?手伝ったら、渚の勇士をこの目で見れないじゃん」
「む―――。そんなことを言う人には岩鳶町のマスコットキャラ、岩鳶ちゃんをあげないんだからね!」
「大丈夫!ハルに貰ったから」


自分で効果音を付けるように じゃーんっと口にし、見せ付けるように岩鳶ちゃんを差し出した。
頭部分が岩、胴体部分が鳶という、何ともシュールな我が町のマスコットキャラを学校に来る途中、遙に貰ったのだ。しかも、なぜかストラップが付いている。
ストラップのひもに指を入れて、くるくる回しながら私は渚にがんばれよと告げてその場所を後にした。



 * * *



「なんで、イツキちゃんを誘っちゃダメなのさ。…‥マコちゃん」

「し――――っ!渚、声!」



休み時間を使って、声を掛けてみるがこれといった成果は見られず、プールに併用されている更衣室のベンチで、渚はぐったりとしていた。遙は黙々と、岩鳶ちゃんを作っていて気付いていない。
ジャージに着替えて、今日も補修作業に取り掛かるのだが本当にプールを修理しただけで終わってしまいそうだ。最終手段ともいえる「あまちゃん先生の水着姿」も却下されてしまい渚は、ため息を漏らしていた。




「ゴウちゃん!」
「だから、“コウ”!!あ、部員って、まだ足りてないんだよね」
「そうなんだよ、……イツキちゃんも誘いたいんだけど」
「え?……どうして?」
「わかんない。マコちゃんが……」
「じゃあ、私が訊いてみます!!!」

フェンスの柵からプールサイド内に伸びる枝を切っていれば 江から声が掛かり、またとないチャンスだと思い、渚は 樹のことを振った。


「(あんなにも、泳げるイツキちゃんを誘わないのはなんでなんだろ)」


江は、違う場所でフェンスの柵に緑のペンキを塗っていた真琴へ声を掛けた。
高校一年の頃に、なぜ水泳部を作らなかったのか、江は真琴に聞いた。そこで遙が水泳を辞めてしようとしていたことを知ると同時に、兄の凛と重なった。

「お兄ちゃんも同じなのかな。この前、お兄ちゃんに会いに行ったら水泳部に居なくて。鮫柄学園に転入はしたけど、水泳部には入ってないみたいなんです」
「え、そんな…だってこの前、ハルと競争して」
「きっと、そこで負けたんですね。それでお兄ちゃん、もう水泳がダメになったんですよ」

再会した遙と凛の勝負は凛の勝ちだった。だが、凛はあまり勝った感じではなかったと。
凛と泳いでハルは負けてしまったが、昔のハルに戻ったんだと、真琴は告げる。


「ハルはきっと泳げればそれでいいんだよ。昔のハルに戻ったんだ、もともと勝ち負けとかタイムとか、そんなの興味無いやつだったから」


江は、昔のメド継ぎで優勝をしたときの兄を思い出す。自分が出来ることはなんだろうと考えた瞬間、言葉を発していた。

「部員、まだ足りていないんですよね!!」
「え、そうだけど」
「入部させてください!!私と、樹先輩が部員として入ります!!私はマネージャーとしてのお手伝いですが」
「えぇぇ!!」

両手でこぶしを作り、江は立ち上がり声をあげる。そして、プール内の壁を塗っていた樹へと「樹先輩も、入りますよね!!」と投げかけた。意外な子からの部活のお誘い。
江から発せられた言葉に、真琴は戸惑った顔をした。渚は 江が訊いてくれるかと思いきや、いきなりの宣言発言に、こぶしでグーを作りながらおーっと口にする。
真琴と渚の様子が少しおかしかったのは、コレのせいだったのかと私は気付く。きっと、真琴が気を遣ってくれたんだろう。水泳部に誘えば、困らせると思っていたんだろうと。


「あ!…‥てか、私誘われたいのひどくない!!よしっ!江、一緒にマネージャーやろうねー!」
「樹ちゃん!?」
「えっと、樹先輩!それだと――」


プールサイドで少し戸惑っている江に押し切るように、これでもかというぐらいな笑顔で私は口にした。


「だって、マネージャーひとりじゃ寂しいじゃん?私一人泳いでもね!!それに、応援はマネージャーの役目でしょ!ね、ハル!」
「……‥いいんじゃないか。樹が言うんだから、それで」
「そっかぁー!マネージャーかぁ。でも、これなら僕が誘っても良かったじゃん!!」


両手を広げながら喜ぶ渚は、江へとありがとうと口にし駆け寄っていく。口元が自然と緩んだ遙に、よろしくねっと告げれば「ああ」と一言返してくれた。
ただ一人だけ、いまだに様子がおかしかった。喜ぶ江と渚の後ろで、神妙な面持ちで私を見る真琴。その理由に気付いた私は、江が離れた真琴の側へと近づいた。



「真琴?飲み物、飲まないなら貰うよ?」


手付かずのままのペットボトルに、伸ばそうとすれば真琴は私の名を呼んだ。


「……‥、いいんだよ。無理に入部しなくても」
「無理なんかしてないよ」
「あれから樹が、水泳を避けていること知っているから、無理しなくていいんだよ」


あれからっというのは、私が泳げなくなったことを言っている。真琴は知っている。側にいてくれたから、知っている。
真琴が私のことを本気で心配するときは、決まって“ちゃん”付けをしない。もちろん、“ちゃん”付けのときだって本気で心配をしてくれる。
微妙な違い、ちょっとだけ違うことに気付いたのはごく最近のこと。無意識なんだろう。それが少し、ほんの少しだけこちらの調子を狂わせるから苦手だ。


「やだなぁ、真琴にはお見通しなんだもん」
「知ってるよ、ハルもそうだけど…‥俺も樹のこと見てきたから知ってる」
「心配しすぎだよ、マネージャーぐらい。きっと、大丈夫。それに、避けちゃいけないんだよ」


私は真琴の背を向けるように立ち上がる。この話はおしまいと言って、頭の上で手を重ね腕を伸ばしながら、私は作業に戻ることを告げた。今日も清々しいぐらいに良い天気だ。


「………心配させてよ、樹のこと」


真琴は、少し離れてしまった樹の背中に向けて語りかけるように呟いていた。


“今と昔”


空を、上を向くことが好きな少女は見上げることが好きだった。

そして相反するように感じる 重力を嫌っていた。階段の上り下りは、地に引っ張られる重力を感じる。だから、苦手であり嫌い。それが、その少女が嫌う理由。
重力とは関係ない水面は、だから好きだった。浮力によって重力による負担が軽減される、重力には捕らわれず空を上を見ていられる、背泳。
所謂、バックと呼ばれている背泳ぎが、その少女の専門だった。



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