もしも二人が一緒に暮らしていたら、の話。


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「ジュード、今日は研究所へ向かわないのか?」
普段ならとうに出て行っている時間になっても家にいる僕に気付いて、ミラは首を傾げる。出掛けていないどころか、その準備すらもしていなくて、白衣もクローゼットの中でハンガーにかかったままだ。
「うん、今日は休みなんだ」
「休み?」
「バランさんに言われてね」
本来なら休んでいる場合じゃないんだけれど、昨夜遅くに僕が研究所を出ようとしたところで呼び止められたかと思うと、明日くらい休みなよ、と言われてしまった。一日でも早く源霊匣を多くの人の手に渡るように、まだまだ研究を詰めなければいけない今の段階で休んでいる場合じゃない。勿論そう訴えはしたけれど、来ても締め出すからね、と表面上は笑みを浮かべていても、怒り口調で言われてしまってはどうすることも出来ず、盛大な溜息を零しながら了承するほかなかった。
別に毎日研究詰めになっているわけじゃない。定期的に休みは取っているし、そのたびにミラと出掛けたり、旅で得た仲間たちと食事をしに行ったりもしていた。だからそこまでして休ませる理由が分からなかったけれど、それを今考えたところでどうしようもない。
「折角だから、どこか出掛ける?」
急な休みだ。何も予定はないし、誰と約束しているわけでもない。そこまで遠出は出来ないだろうけれど、まだ陽も上り切ってしないような時間だから、近くの街くらいなら出られるはずだ。
「そうだな……いや、今日は家で過ごそう」
どちらかと言えばアウトドア派で、特別用がなくても散歩に出掛けるのが好きなミラがそう言うのは珍しい。どうして、と首を傾げてみせれば、ミラはゆっくりと頬を緩めた。
「君は、休め、と言われたのだろう?だったら今日は休むべきだよ」
別に義務とか、そんなんじゃないんだけれど、ミラもまた僕の身体を想ってくれているのは、その瞳を見れば良く分かる。
それに、ミラが言うなら、ミラが居てくれるなら。家で過ごすのも外で過ごすのも同じだ。
「うん、じゃあ今日は家にいるよ」
「それがいい」
頷く僕に、ミラもまた得意気な顔をして頷く。すると、その場には似合わないような、ぐう、という鈍い音が響いた。その音の先に思わず目が向いてしまい、ミラは眉をひそめる。不満そうに口を曲げ、音を立てた腹部をそろりと撫でた。
「……腹が減ったな」
「じゃあ、何か作ろうか」
家にいると決めても、何かすることがあるわけじゃない。言いながらキッチンへ向かうと、ミラは慌てたように僕の前へと回り込んで、両手を広げて立ち塞がった。
「今日は私が作ろう!」
「え、ミラが?」
そんなことを言い出すなんて思わず、間抜けな声で尋ねてしまう。けれどミラはそんなこと気にもせず、腕を組んで大きく頷いた。
「うむ、安心しろ。最近レイアに教えて貰っているからな」
「へえ…そうだったんだ」
知らなかった。きっと僕がいない間に練習していたんだろうけれど、それを隠していたことに気付けなかった自分に、少しだけ胸がもやもやとする。ミラは何でも頑張っちゃうから、気付いてあげたいって思うのに、僕もまだまだだな。
「それじゃあ、僕も手伝って良いかな?」
「む、私だけでもちゃんと出来るぞ」
「うん、それは分かってるよ」
上手い下手を問うつもりも、ましてミラが危ないことをするんじゃないかって心配なわけでもない。いや、そりゃ、包丁で怪我しないかなとか、そういう心配は少しくらいあるけど、手伝いを申し出た理由はそこじゃなくて。
「折角の休みだもの、ミラの隣に居たいんだ」
だめかな、と首を傾げれば、ミラはぱちぱちと数度瞬きを繰り返して、宝石みたいに赤く揺らめく瞳で僕を見つめる。そうして長い髪を揺らしながら、ふるふると首を振った。
「私も、ジュードと居たいよ」
そう言葉を発するミラは、どきりと心臓が跳ね上がってしまうほど、綺麗に微笑む。そんな顔で、そんな風に言うなんて反則だ。じわりと上がってきた熱を誤魔化すよう、僕も笑みを返した。
「じゃあ、ミラ。先に髪を結ぼうか」
「ふむ、そうだな」
適当な髪留めを手に、ミラの髪に触れる。精霊だからなのか、それともミラ自身の髪質なのか、緩やかに波打つそれは掌でさらりと滑り、黄金色は光に当てられてきらきらと輝いていた。
いつ触れても、いや、見ているだけでも、綺麗だと思う。ミラのすべてが、どんな宝石を集めても敵わないくらいに。
そう伝えても、そんなことを言うのは君だけだよ、とミラは笑うけれど、きっと誰もがそう思っている。そんな彼女と共に居られる僕は、なんて倖せ者なんだろうか。
「ジュード?」
「ああ、ごめん。出来たよ」
簡単に束ねて髪留めで止めれば、ミラはくるりと一回転をして見せる。光を帯びるたびに、きらめくその髪も、象牙色の肌も、真っ直ぐな赤の瞳も、笑みを描く唇も、眩しくて愛おしい。
「うむ、動きやすくなったな」
満足そうに頷いて、ミラはキッチンに掛けてあるエプロンを手にする。普段は僕が使っていることが多いから、簡素なつくりの黒いエプロン。それでもミラが着ると別物に見える気がする、なんて言ったら、惚気るなと怒られてしまうだろうか。
「それじゃあ、何を作ろうか?」
ミラは口元に手を当てると、ふむ、と零して悩み始める。
たまにはこんな風にのんびりと二人で並ぶのも悪くないなあと思いながら、その唇が料理の名を告げるまで、僕はミラを、ただ見つめていた。






>>2013/01/23
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