とっぷりと日の暮れた、夜道でのこと。
「お、」
こうして静雄と肩を並べて帰路を歩くのも当たり前のようになった頃、静雄は不意に、足を止めた。三好も習って歩みを止め、隣の長身を見上げる。
「月が綺麗だな」
呟かれた言葉に、今度は視線を空へと向けた。なるほど確かに、黒い夜空に浮かぶ月はまるで宝石のようにきらきらと輝いている。今日は満月だから、尚更。
「本当ですね」
答えながら三好は、まるで少し前の自分のようだと、内心こっそり苦笑する。
少し前の帰り道でも、三好は先程静雄が言ったように、「月が綺麗ですね」と呟いたのだ。
静雄はきっと、ただの感想として、ただの他愛のない話として、今の言葉を言ったのだろう。けれど、彼に邪な感情を抱く自分にしてみれば、なんだか愛の告白をされているようで、少し嬉しい。
彼にそのつもりがなくとも、少しくらいそんな妄想に浸っても、罰は当たらないだろうか。
(なーんて、)
馬鹿みたい、そう自嘲して、もう一度隣の静雄を窺う。そして、どきりとした。
静雄は、空を見上げていない。先程で月を見つめていたはずの双眸は、今は三好に向けられいる。サングラスの奥の瞳がやけに真剣で、三好は無意識に後ずさった。
(もしかして)
もしかして、静雄は気づいていたのだろうか。数日前、三好がこっそりと呟いた言葉の真意に。
もしかして、静雄は知っていて呟いたのだろうか。今さっき呟いた言葉に纏わる、愛の告白を。
もしか、して。
「三好」
静雄の腕が伸ばされる。肩を掴んだその腕は思いのほか、力が込められていない。少しでも三好が身を捩れば、簡単に離れそうだった。
「月、綺麗だな」
再度落とされた言葉は、しかしもう月には向けられていない。はっきりと、三好に向かって投げられた言葉だった。
三好は身じろぎすらしなかった。腕を振りほどくこともせず、ただ、緊張でばくばくと早鐘を打つ心臓を、どうにか宥めながら、頷く。
「月、綺麗、ですね」
別れ道まであと数メートル。
月明かりに照らされていた二人分の影が、重なった。