とっぷりと日の暮れた、夜道でのこと。
「あ、」
不意に見上げた空。真っ黒なカーテンを引いたような色の夜空に、ぽっかりと眩い月が浮かぶ。煌々と輝くそれは鮮やかな金色で、隣を歩く彼の頭の色のようだと三好は思った。
「……」
ふと思い出す。月に纏わる、愛の言葉を。昔の文学者は実に上手い事を言ったものだと感心しながら、三好はちらりと隣を見やった。静雄は、特に空を気にかけていない。
(大丈夫、かな)
いや、きっと大丈夫だ。努めて冷静に、普段どおりに、今まさに気づきましたと言わんばかりの風を装って言えば、大丈夫。
三好はこっそりと息を吐いて、緊張で汗の滲んできた手を握り締めた。第一声が肝心だ、と意を決し、口を開く。
「月が、綺麗ですね」
夜道でのこと、喧騒から離れた道であったため、三好のその言葉は存外大きく辺りに響いた。静雄は三好の言葉に首を空へと向け、「お、」と感嘆の呟きを漏らす。
「ほんとだ。すげえ光ってる」
「星も、綺麗ですね」
慌てて誤魔化すように言葉を重ねれば、ああ、と静雄から返事が得られて、三好はほっと、胸を撫で下ろした。
気づかれなかったようだ。三好が言った言葉の意味は、どうやら静雄には届かなかったらしい。
勉学が然程得意ではないといっていたから、もしかしたら静雄は、その月に纏わる愛の言葉自体を知らなかったのかもしれない。けれど、知っていようが知らなかろうが、どちらでも構わなかった。結果的に気づかれなかったのだから、それでいい。
(……でも)
今の言葉が、好きだと伝えられない臆病な自分のせめてもの告白なのだと、気づいて欲しがっている自分がいるのも、また事実。
わがままだなあ、と自分に呆れながら、三好は変わらず空を見上げている静雄を窺う。
気づかれなくてよかったと思う心と、気づいて欲しかったと思う心。その相反する二つの心を抱える自分はやっぱりただの臆病者なのだと、肩を落とした。
別れ道まであと数メートル。
月は変わらず、二人を照らしていた。