もとより甘党で甘いものが好きだというのを差し引いても、ここ最近のこの衝動は些か異常だと、思わなくもない。まあ毎日食べても飽きないくらいなのだから、異常と言ってしまうのは大袈裟な話なのかもれないが、それでも最近、自覚するほどにはこの衝動は強くなってきている。

甘いものが食べたいという、一種の食欲。
別に甘いもの断ちしているわけでもないのに、甘いものが食べたくて食べたくて、しょうがない。
けれどもその欲求に従って甘いものを食べたところで、その欲求は底を知ることがない。物足りないと、満腹中枢を刺激しない。
それが些か異常だと、静雄はここ暫く頭を悩ませている。

「なんだ静雄、今日も昼飯それか」

仕事で出かけた先、トムと昼食を共にする時も、食べるのは甘いものだ。ファーストフード店で、コンビニで、ファミレスで。注文したり買ったりするのは決まって、デザートだとかスイーツだとかと呼ばれる類。それは食後に食うもんだろ、とか、んなもん主食になんねえべ、とか、トムに呆れられるのはもう慣れたものである。

(足りねえ)

パフェだったりケーキだったりアイスだったりパンだったり。甘そうなものにはとりあえず手を出して食べてみた。三食そんな生活を送ってみたりするのだが、どうしてか、どうしても、食べたいという欲求が止まらない。
否、これでは足りないと本能が訴えてきている。こんなものではなく、もっともっと、甘いもの。これ以上に甘くて美味しくて病み付きになる、甘いもの。自分はそれを、知っている。知っているはず。それが、また食べたい。

(何だっけかな)

どこで食べたのか、そもそもその、今もう一度食べたいと強く思うほどに甘かったものがなんだったのか、思い出そうとしてみても、一向に思い出せないのだから静雄は困り果てていた。このままでは糖分の過剰摂取で病気にもなりかねないし、そうなったらトムや幽に迷惑がかかる。とまあ、ちょっとずれた心配をしながら、静雄はうんうん頭を捻らせる。

「静雄さん、」

思考の最中に飛んできた声は、静雄の後輩のものだった。姿を見ずとも声だけで判断できるようになるくらいには、普段無口な彼の声を聞いている。案の定こちらに駆け寄ってくるのは赤毛の子供で、静雄はよう、と軽く手を上げて答えた。

「こんにちは」
「ああ。今帰りか?」
「はい。静雄さんは、考え事、ですか?」

覗き込むように、三好は静雄に顔を近づけてくる。近まった距離に、ふと、静雄の嗅覚が働いた。ふわりと香ったのは静雄の食指を動かすには効果抜群で、それに誘われるがまま、目の前の子供に手を伸ばす。

「わ、」

掴んだ肩は小さく、柔らかかった。引き寄せると、香りが濃厚になる。静雄はごくりと喉を鳴らした。耐え切れなくなって、三好をそっと、胸の中に抱きしめる。その瞬間、強烈なまでにぶわりと広がった匂いは、まるでアルコールのように静雄の脳を侵して、くらくらとした目前さえをも齎した。

「あの、静雄さん、」
「、お前」

すごい、美味そう。

首筋に顔を押し付けて、静雄はどこか、恍惚とした声音で呟いた。肌からなのか、服からなのか、いや、むしろ三好そのものから、なのだろう。

たまらないほど甘く、甘く、どろりとした、甘美なる香り。
静雄がここ最近ずっと、食べたくて食べたくてしょうがなかった、甘いもの。

今思い出した。一体どこでこの甘いものを知ったのか。横田邸に飛び込む際にこの子供を抱き上げたとき、そうきっと、あの時だ。あのときに、この子供の甘い匂いに、強く惹かれたのだ。

「三好、」

あの時は、当然といえば当然、横田をぶっ飛ばすことだけしか考えていなかったから、味見すらしていない。
こんなに甘くていい匂いがするのだ、絶対に美味いに決まっている。

静雄の欲求、食欲が、また盛大に、暴れ始める。

「食ってもいいか」

なにを、そう尋ねたかったかもしれない子供の言葉は、静雄がはくりと大きな口で齧り付いた為、音にはならない。

思ったとおり、子供は今まで食べたどんなデザートやスイーツよりも甘くて美味しくて、静雄のここ最近の欲求を、簡単に満たしてくれた。

(たまんね、)


病み付きに、なりそうだ。










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