"今どこに居るんですか"

帝人君からのメールはたったのそれだけだった。返信はしない。しなくともすぐに会えると、そう踏んでいたからだ。
そして案の定、池袋に戻り例の細長くて青いビルと古びた書店の間の路地を通ると、目の前に広がっているのはいつもの街、いつもの風景、いつもの喧騒、いつもの匂い。

現在の、池袋街だった。

「お帰りなさい」
「ただいま」

路地の外では帝人君が携帯を片手に待ってくれていたらしかった。若干息を切らしているところをみると、どうやら急いでここまで来てくれたらしい。

「メールありがとね。おかげで帰ってこれた」
「……やっぱり、ここに行ってたんですね」
「入ったのは偶然だよ、これでも」

日はすっかり暮れていた。まだ夜の入り程度だが、童顔なこの子はそろそろ歩道の対象になってしまう。しかし帝人君はそんな事を気にもせず、俺の目の前まで寄ってくるとごそごそとポケットを漁った。

「……やっぱり、大事にしてくれてたんだ」
「……見つけたのは、今日です。これ見つけて思い出して、だから慌ててメールしました」

引越しのどさくさで無くなっていたと思っていたらしいそれは、洋服を詰めていた段ボールの中から出てきたらしい。もう五年もたって薄汚れてしまった、それ。

「臨也さん、これお返しします」

あの時言ってくれた言葉、嬉しかったです。

幼いながらに傷を負っていた彼には、随分と心強い励ましの言葉だったらしい。俺の言葉のおかげで塞ぎこむ事も無かったと笑う帝人君に、俺も笑った。

「分かってないね、帝人君」
「え?」

すっと彼の手からシルバーリングを奪う。五年たって薄汚れてしまった、リング。

「俺がさっき君に言ってきた言葉はね、その場限りの励ましなんかじゃないよ」

帝人君の左手を取った。そのまま薬指に指輪をはめる。帝人君の腕が、びくりと震えた。

「俺は、いなくなったりしない。ずっと帝人君の傍に居てあげるよ」

送るのは宣誓、誓いのキス。指輪に口付ける。帝人君の左手が逃げを打つのを力を込める事で拒んだ。

「い、ざやさん……なにを、」
「まだ分かんないの?……プロポーズ、なんだけどな」

びくんと大袈裟に肩が跳ねあがった。帝人君の顔がみるみる朱色に染まっていき、口をぱくぱくと魚の様に動かしているが驚愕のあまり声にはならないらしい。

(こういう事、だったんだな)

泣いている彼を前にして、五年前の帝人君に指輪を贈ろうと、その考えに至った時、俺の脳裏に蘇ったのは最近街中で見かけた俺達そっくりの夫婦の姿。
きっと、こういう事なのだ。あの時見たあの夫婦はやはり俺達で、今こうして俺がプロポーズをした事によって現実となる、俺達の未来の姿なのだ。

推測だ、だが不思議と事実だと俺は思った。

「返事は一つしか認めないけど……一応聞かせてよ」
「……お、横暴ですよ……」

口ではそう言いながらも、顔を真っ赤にした帝人君は素直に首を縦に振った。ずっと一緒に居させて下さい、震える声でそう懇願する彼を、街中であるにも関わらず力いっぱい抱きしめる。

「ちゃんとした指輪、今度買ってあげるね」
「いえ……これで、いいです」

これが、僕の宝物ですから。

そう笑った彼は酷く嬉しそうな笑みを浮かべて、やっぱりこの子には涙より笑顔の方が似合うと柄にもなくそう思った。







以上が、俺が体験した不思議な都市伝説と、彼が体験した不思議な都市伝説、そして俺達が体験した不思議な都市伝説の顛末だ。
都市伝説が導いた縁、っていうのもちょっと微妙かもしれないけど、それも俺たちらしくて丁度いいと今なら思える。人生何が切欠になるかなんて分からないもんだ、それをしみじみと実感した一連の体験だった。


さて、それじゃあ昔話も終わった事だし、俺はそろそろ出かけようかな。今日は前々から約束してたもんでね、三人であの路地の先に行こうって。
何をしにかって?はは、今更野暮な事聞かないでよ、君もほんとはもう分かってるんだろ?




「五年前の俺達の恋模様を観察しに、だよ」











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