「ほんっとに田舎だなあ」

電車を乗り継ぐ事暫く、降り立ったホームには人がほとんど見受けられなかった。もうじき日が暮れて夕方頃になれば、さすがに帰宅ラッシュで少しは混むのだろうか。
東京の街並みとは違い安穏した風景の街。初めて訪れる未開の地を歩きながら、ここが彼の生まれ育った町なのかと目を閉じる。流れる空気の匂いすら、都会とはかけ離れたものだった。

あれから色々と試してみて、やはり俺は本当に五年前にやってきてしまったのだと確信した。今でこそ名前の変わっているはずの我が母校の名前が「来神」だったり、ここまで電車で来るのに買った切符の日付が確かに五年前のものだったりという現実を鑑みれば、嫌でも認めざるを得ない。
タイムスリップ、なんて非現実な言葉が頭に浮かぶ。こうもあっさりそれを体験してしまうと、逆に非現実という実感が湧かないからおかしな話だ。

「さて、」

住所だとこの辺りかな、と俺は閑静な住宅街に入って辺りを見渡した。やはり都会の喧騒とはほど遠い、静かな街だ。コンビニやスーパーもぽつぽつとしか見受けられない。

好奇心と言うか、興味と言うか。何の変哲もない田舎、ここまでわざわざ足を伸ばしたのには訳がある。人に会うためだ。そう、この時代の彼、竜ヶ峰帝人と会うために。
五年前の彼がどんな風だったのかというのは純粋に気になるし、彼と俺が邂逅することで現在の帝人君の記憶にも刻まれるのか、そういった事にも興味がある。

単なる好奇心。帝人君は五年前の俺に遭遇した。ならば俺も、五年前の帝人君に遭遇しなければフェアじゃない。よく分からない理由を頭の中に並べるが、ようは楽しければそれでいいという事だ。

「五年前って事は、小学校高学年くらいかなあ」

どんな子供だったんだろう、想像して一人笑む。あの童顔だ、恐らく顔立ちはあまり変わっていないのだろう。楽しみだなあ。

そのまま彼の家を探しながら歩いていると公園を発見した。この辺りの子供たちの遊び場なのだろうその公園は結構な広さがあるが、地面は土だ。池袋のコンクリートの公園と比べてみてもやはり田舎っぽさを感じざるを得ない。
ブランコにすべり台、砂場、定番とも言える遊具が一通り揃ったその公園内に、子供が一人いる。こぐでもなく、子供は一人ブランコに腰掛けていた。

(、見つけた)

ゆっくりと子供に近づく。足音に気付いた子供はのろのろと顔を上げた。一目見て、その顔立ちの幼さに吹き出しそうになるのを懸命に堪える。まさかこんなにも変わっていないだなんて。

「こんにちは」
「ぁ、……」
「君一人?名前は?」
「……、」
「ん?」

明らかに警戒しているというか、困ったような顔をしている子供に人当たりの良い笑みを浮かべながら小首を傾げて見せると、子供は小さく唇を動かした。

「……しらないひとには、名前おしえちゃいけないって、」
「あはは、そっか。それは失礼したね。俺は、折原臨也」
「おり……?」
「うん、おりはら、いざや」
「いざ、や……」
「そうそう。さ、これでもう知らない人じゃないよね」

子供はこくんと頷くと、素直に「りゅうがみね、みかどです」と名乗った。自分でやっておいてあれだが、この子素直すぎやしないだろうか。こんだけ素直すぎると逆に彼の将来が心配になる。でも五年後の彼は割と真っ当に生きている事を考えると、この素直すぎる性格は五年の月日の何処かでいくらかは改善されたようだ。
そんなくだらない考えに耽っていると、何を思ったのか帝人君は「ほんみょうです」とそう付け加えた。名前を変に思われたと勘違いしたのだろうか、俺は今度こそ耐えきれずに噴き出してしまった。

「面白いね、帝人君は」
「おもしろい……?」
「うん、おもしろい」

帝人君の隣のブランコに腰を落ち着けて、さて帝人君、と俺は一番聞きたかった事を彼に尋ねる。

「どうして泣いているのかな」

尋ねると、帝人君は聞かれるとは思っていなかったのかびっくりした、と言わんばかりの表情を晒した。幼さは残れど現代の彼とあまり変わりない童顔が、再び俯く。涙の跡だらけだったその頬をまた幾重にも涙が伝った。

「とも、だちが、」
「うん」
「きだ君がっ、ひっこしちゃって……」

そういえばこの時期だったろうか、紀田君が転校していったのは。
帝人君は子供らしくうーうーと泣きながら目元を擦っていた。子供らしい所作が可愛らしいが、子供さながらに泣く姿というのはどこか痛々しい。俺はブランコを下りると、まだ小さな帝人君の前にしゃがみ込む。下から顔を覗きこんでその頭をくしゃくしゃと撫でた。

「悲しいなら泣けばいいよ。でもあんまり泣きすぎると俺まで悲しくなっちゃうからさ、泣き止んで」
「っ、で、もぉ……」
「友達がいなくなってさびしい?」

問えば、帝人君はすごい勢いで首を縦に振った。彼にとっての紀田君の存在は、今も昔も大きいらしい。それが若干面白くなくて、そして次の瞬間思い付いたひらめきに俺ははっとする。

(……そっか、そう言う事か……)

自分の左手の人差し指にはめていた指輪。それを抜いて、帝人君の左手を取った。

「なら、俺がずっと一緒に居てあげる」
「ふぇ……?」
「俺は紀田君みたいにいなくなったりしない。ずっと帝人君の傍に居てあげるよ」

指輪を左手の薬指にはめ、そして宣誓のキスを送った。帝人君はぽかんと呆気にとられて俺を凝視している。今にもその大きな瞳が零れ落ちそうで、苦笑した。

「だから、待ってて。俺が迎えに行くまで」

手を離す。立ちあがって見上げた空は、もう夕方に差し掛かろうとしていた。

「暗くなる前に家に帰るんだよ。それじゃあね」

もう一度だけ帝人君の頭を撫でる。彼の涙は止まっていた。俺の顔と左手の薬指を見比べながらきょとりとしている。

「またね、帝人君」

彼は覚えてくれているだろうか。俺と出会った事を、俺が言った言葉を。




帰りの電車の中、開いた携帯にはメールが一件入っていた。

新着メール、竜ヶ峰帝人。











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