なみなみとコップに注いだそれを臨也さんの前に置くと、彼はあからさまに怪訝な顔をした。僕も自分の分を注いで茶卓に置く。ねぎと卵で炒めた簡単な炒飯を前に、僕は首を傾げた。

「もしかして嫌いでしたか、野菜ジュース」
「……いや」

別に、そう答える臨也さんの顔にはものすごく不服、という字がでかでかと書いてある。意外だ、あんまり好き嫌いとかなさそうな人なのに。

「野菜ジュースってさ、なんでこんなに赤いのかな」
「……そういえば、最近のは赤いのが多いですね」
「飲めないわけじゃないんだけど、」

赤いとさ、見てて渇くんだよね。
臨也さんは炒飯に手をつける事もせず、そう独り言のように呟いた。僕はスプーンを持って炒飯を一口食べた。味が薄い。
ざり、と畳の上を衣服が擦る音がする。前を見ると、臨也さんがあぐらをかいていた足を組み替えたようだった。

「ってか珍しいね、君が野菜ジュース飲むの」
「実家からたくさん送られてきたんです。飲まないのももったいないので……」

そう言って、僕はコップに口を付けた。正直野菜ジュースは好きじゃない。あまり美味しいとは感じられないから、好き好んで飲もうとは絶対に思わない。でももらってしまったし、もらってしまったからには飲まないのももったいないし。だからここ最近は毎日朝と夜、食事のお供に飲むようにしているのだ。

「……こんな事なら君の家に来なきゃよかったなあ」

勝手に押し掛けて勝手に上がり込んできた人の台詞とは思えないなあと思いながら、そんなに野菜ジュース嫌いなのか、と心の中だけで肩を落とす。失敗したなあ、そんな風に考え事をしていたからか手が滑った。

「あ、」

ジュースを口に含み損ねて、テーブルの上に零してしまう。口の端からも垂れてきて慌てて押さえた。布巾で零したジュースを拭いていると、ざり、とまた音がする。

「……渇くんだよなあ」

その声がやけに近くで聞こえたものだから、僕ははっとした。目の前に、すぐ近くに、臨也さんがいる。

「いざ、」

布巾を握っていた手首を掴まれた。唇を寄せられぺろりと口の端から零れていたジュースを舐めとられる。びくりと肩が跳ねた。

「赤い色は、見てて渇くんだ」

血の色みたいでね、そう笑った臨也さんの瞳がいつもより、赤い。

本能的な恐怖を僕は感じた。逃げ出そうと体を後ろに引くが、既に臨也さんに両腕を掴まれた後だった。逃げられない、体が動かない。近すぎる臨也さんの瞳が怪しくきらめく。

「帝人君、」
「っ、」
「君は、吸血鬼って信じる?」

突拍子もない言葉、だとは思わなかった。むしろその一言で全てに合点がいく、くらいの衝撃。まさか、でも、そんな。

「や……っ」

ちらりと臨也さんの口の奥で顔をのぞかせる犬歯。いつの間にか抱きしめられる格好になっていた。ぎゅっと腰を引かれ、首筋を舌が這う。ぞくぞくと背筋を這いあがるのは悪寒か、恐怖故の震えか。

「ん、やだ……」

首を緩く振るが、臨也さんの動きは止まらない。ちゅう、と首に吸いつかれまた体か震えた。かたかたとそんな音が出そうな位、勝手に震える体を持て余す。

「いー匂い……」

首元に顔を埋める臨也さんがそう呟いた。背筋を手が這う。首元のシャツを開かれた。

「っ、やめっ……!」

制止の言葉は届かなかった。ぷつりと犬歯が肌に食い込む。皮膚を破りその下の肉にまで潜り込む牙の感触は生々しいのに、痛みは不思議とあまり感じなかった。ちくちく、ぴりぴり、そんな些細な痛みだけなのが逆に怖い。

「っぃ、ぁ、うぁっ……」

ちゅるりと舌が動く。じゅぅ、そんな音がしたと思ったら、体から何かを吸い上げられる感覚がして目を見開いた。

「うぁぁっ……んっ、ん、あっ、」

ぎゅうっと臨也さんのコートを掴んだ。体が熱くなる。奪われる血液の感触がやけに生々しくて、そのびちゃぴちゃとした音すら耳に毒だ。体の震えが顕著になる。がくがく震える。血と一緒に力まで抜かれていくようだった。視界がぼやける。

「ひっ、ふっ……ん、あ……」

呼吸が苦しくてはあはあとまるで全力疾走した後みたいに息が整わなくなってきた。心臓が煩い。まるで臨也さんに献上する血液を忙しなく作りだすかのように動いて、血を巡らせる。

「やだ……やぁ……」

くしゃりと一心に血を啜っている臨也さんの髪の毛を掴んだ。もう今にも崩れ落ちそうな体は、臨也さんの腕の支えをなくせば簡単に倒れてしまうだろう。はっ、はっ、と息を繰り返しながら、ただ臨也さんに血を吸われる度に体を襲う妙な感覚に耐えていた。
思考がぐちゃぐちゃにされる感覚、力という力を全て奪われる感覚、体が熱くなる感覚、そのどれもが恐怖の対象で、臨也さんが血を吸っているというその大本の事象がおかしいという事まで、頭が回らない。

どのくらいそうしていたのだろう。ぷは、と臨也さんが首から口離す。途端襲いかかったのは脱力感と眩暈。力が全く入らずまるで麻酔を打たれたかのようだった。くたりと臨也さんに体を預ける。彼から微かに血の匂いがした。

「……匂いからして美味しそうだなあとは思ってたけど、」
「は、はぁ、……」
「想像以上に美味しいね、帝人君の血」

動かすのも辛い首を必死に上げる。見上げた先にある臨也さんの瞳は、先ほどよりも赤く、真っ赤に、美しい深紅に染まっていた。その唇を汚す血を舐めとる舌の動きが、やけに艶めかしい。

「あー、ほんと美味しかった。もう他の人間の血なんて飲めないね」

するりと頭をなでられた。まるで自分の子供をあやす様に、その手つきは優しい。極度の血液不足に意識の遠のきかけていた僕は、その手の心地よさに簡単に眠りへと誘われた。

「帝人君」
「い、ざやさん……」

ぎらぎらと光る赤。深紅。それに目を奪われる。僕の体を抱きしめたまま、臨也さんはくすりと笑った。

「どうしようか、帝人君。ここで眠って全部忘れる?日常に戻る?……それとも、」

彼の唇が、怪しく弧を描く。

「俺と一緒に、こっち側に来る?」

僕は迷わなかった。正確には迷えなかった。貧血と眠気で思考回路は機能しないし、言われている言葉の半分だって理解には至っていない。
それでも迷う事無く臨也さんの手を取ってしまったのは、多分、




(その深紅に、惹かれたから)











第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -