両親を亡くして初めて迎えたクリスマスだった。

新しい家族、新しい兄、新しい両親。それらはとても温かくて優しくて、まだ幼かった僕はそれでもクリスマスの夜に開かれたささやかなパーティーの事を今でも覚えている。
平和島のおばさんは手作りのクリスマスケーキを焼いてくれて、おじさんは大きな包みのクリスマスプレゼントを僕にくれた。静雄さんと臨也さんに挟まれて美味しい御馳走を食べ、その日は確かに楽しい楽しいクリスマスを過ごす事が出来た。

けれど、その夜。
自室のベッドにもぐりこみさあ眠ろうと目を閉じた途端、じわじわと胸に込み上げたの他でもない、寂しさだった。当時の僕はまだ小学生になるかならないかという年頃で、そこまで昔の記憶が鮮明に残っていたわけではない。けれど、毎年クリスマスは死んだ両親と楽しく過ごしていたというその事実だけははっきり覚えていたから、寂しかったのだ。悲しかった、と言ってもいいだろう。
新しい家族は温かく優しく、僕は平和島帝人になれて本当に幸福だったと思う。でも、それだけは消えない寂しさはどうしようもなかった。

その夜、寝付けない僕は枕元に靴下をぶら下げた。そこに欲しいものを紙に書いていれておくとサンタさんがプレゼントしてくれるんだよ、両親からそう教わっていた僕は覚えたてのひらがなで欲しいものを書いた。字を覚える前は両親に書いてもらっていたから、この時の僕の地は母の綺麗な時に比べたらとても歪なものだったように記憶している。
書いたのは、"おとうさん"と"おかあさん"、確かこの二つ。
意味のない事だと思わなかった訳ではない。さすがにサンタさんでも無理だろうなとは思った。
でも、書かずにはいられなかった。

結局いつの間にか寝てしまった僕が次に目を覚ましたのは、枕元でもそもそと動く何かの気配に気付いてからだった。薄らと開けた視界の先、暗い室内でもその赤い服はすぐに視認できた。傍らに大きく膨らんだ白い布袋を携えたその人は、僕の書いた紙を見ながら、そして目を覚ました僕に優しく微笑んだ、ように思う。何せ大分昔の事だ、あまり記憶は定かではない。
その後再び眠気の波にさらわれた僕は赤いそれが何だったのか、考える間も与えられずに意識を落とした。

そしてその晩、僕は夢を見る。
両親の夢だった。もう帝人には見えないかもしれないけど、お父さんとお母さんはずっと帝人の傍にいるから、だから泣かないで。父と母はそう言っていた。あまりにもはっきりとした夢だった。
目を冷ませば、当然そこに両親の姿は無い。けれど不思議な事にもう寂しいとは思わなかった。

そして僕は確信した。あの晩夢を見る前に見た赤い服の人は、サンタさんだったのだと。いや、もしかしたらあのサンタらしき人を見かけた時からが夢だったのかもしれない。それでもいい。サンタさんが僕に両親との再会をプレゼントしてくれたのは、例え夢でも事実なのだ。
夢だとしても、サンタはいる。僕が信じる限り、僕の中に僕だけのサンタは居てくれる。それだけで十分だ。




「つまり、帝人君はサンタを信じてるんだ」

幼い頃の思い出のクリスマスの話の後、ソファに並んで座っていた臨也さんがそう確認するように問うてきた。こくりと頷くと、ふーん、と面白そうに臨也さんが目を細める。

「まあ、サンタも神様と一緒だよねそれも。世界に存在するんじゃなくて信じる人間の中に信じる人間の数だけ存在する。帝人君の中には帝人君だけのサンタがいるってわけだ」
「……臨也さんは、信じてないんですか?」

今度は僕の方から質問してみる。質問したのは僕だけど、なんとなく臨也さんの答えは予想ができた。

「さすがにこの年になるとね」

苦笑しながらそう答えた臨也さんに、やっぱりなあと思った。でもこの人の場合、小さい頃からもサタなんてものと鼻で笑って馬鹿にしていそうだ。

僕も、いずれはそう考えるようになるのだろうか。
多分、臨也さんは信じていないっていうよりも、信じる事に意味を見いだせないのだろう。大人になればプレゼントをもらう側ではなく与える側で、達観した思考に嫌でもなっていくものだから、信じる意味がない。というよりも、サンタの存在に意味が無い。そういう風に思うようになってくのだろうか。
それが、大人になるという事なのだろうか。

「シズちゃんは?サンタ、信じてるの」

ふと思いついたように向かいのソファで煙草を吸いながらテレビを見ていた静雄さんに、臨也さんは面白半分という態度を隠しもせずに尋ねた。紫煙を吐き出した静雄さんは臨也さんに問いかけられて初めてこちらに意識を向けたのか、「あ?」と一瞬戸惑ったような声を上げてテレビから僕らへ視線を移した。

「サンタだよ、サンタ。信じてんの?」
「サンタ?あー……あれな、うん」

静雄さんにしては珍しく歯切れ悪く口ごもっている。その様子に首を傾げると、これ見よがしに臨也さんが隣でぺらぺらと喋り出した。

「もしかして信じてるわけ?はは、意外だなあ、シズちゃんがサンタだなんて。ああ誤解しないでよ、別に信じてる事を馬鹿にしてるわけじゃないから。サンタを信じてる人間を蔑めばそれは帝人君を冒涜する事と同義だからねえ、だから別に偏見はないよ。ただ、あまりにもシズちゃんとサンタのイメージが合わなさすぎてねえ。子供も怖がるその外見で、実はサンタを信じる心を失っていない大人、だなんて、字面だけで笑えるよ」

あはは、と笑う臨也さんは、どうやら本気で楽しんでいるようだ。何だか若干僕に対する皮肉にも聞こえなくはない明らかな悪口をぺらぺらとしゃべり続ける兄に、僕は内心ハラハラしながら向かいの静雄さんに視線を向ける。
臨也さんの物言いに静雄さんが切れてそのまま喧嘩勃発、なんて事は最早日常茶飯事だ。その度に家の中が少なからず壊れる事態となるし、僕も自身の身の安全を確保するために避難もしなければならない。出来ればそんな事にならないといいなあと思いつつすぐにその場から離れられるように軽く腰を浮かせると、僕の心配に反して静雄さんは特に青筋を立てる事も無く、吸っていた煙草を灰皿に押し付け静かにソファから立ち上がった。テレビを消しコートを手にする。

「悪い、そろそろ仕事だから行ってくる。多分朝方まで帰んねえから先寝てろ」
「え、またですか?」
「クリスマスも近いし年末に向けて忙しくなってきたからな。仕方ねえよ」

じゃあな、そう行ってリビングを出ていく静雄さんの背中を追いかける事も出来ずに、きょとんと臨也さんと二人、静雄さんを見送った。

「……あいつ、何か悪いもんでも食ったんじゃないの」
「やっぱり、わざとああいう事言ってたんですね」
「失礼だなあ、わざとじゃないよ。まあ、ああいう物言いをすれば多分キレるだろうなあっていうのは勘付いてたけど」

それってやっぱり確信犯じゃないか。そう言及する事は止めておいた。

「静雄さん、最近忙しいんですね」
「ああ、なんか何年か前からこの時期だけ限定で仕事してるらしいよ」
「え?普段の取り立て屋さんの仕事じゃないんですか?」
「それもあるだろうけど、十二月のみの期間限定の仕事もやってるんだって。まあ師走だしね、どこも忙しいから人の手は足りないくらいなんだろうけど。ほんと御苦労さまだよねえ」
「なんの仕事なんですか?」
「知らない」

別に興味ないし、そう呟いた臨也さんは多分本当に興味が無いんだろう、そういう表情だった。
でも僕も知らなかった。てっきり取り立て屋さんのお手伝いの仕事をしているんだとばかり思っていたけれど、違う仕事もやってたんだ。それでここ最近ずっと遅かったり夜遅くに仕事に行ったりという不規則な生活を続けていたのか。
体壊さないといいなあと思いながら時計を見上げると、のそりと横から臨也さんが抱きついてくる。ぎゅうぎゅう苦しいくらいに腕の力が強められて、何ですかと彼を見上げると臨也さんはにこりと実にいい笑顔を浮かべていた。

「折角のクリスマス。家には二人きりで邪魔者もいない。となると、ヤる事は一つだよね?」

俺の部屋と帝人君の部屋、どっちがいい?なんてわざとらしく低い甘めの声で尋ねてくるものだから、反射的に顔が熱くなった。この人、やっぱり絶対確信犯だ。

「なに、そんなにシズちゃんが気になるわけ?」
「い、いえ……そういう、わけじゃ」
「もしかしたら、俺達へのプレゼント買いに行っただけかもよ?」

毎年律儀だよねえ、なんて笑う臨也さんにそういえば、と思い返す。
サンタが来たのは両親を亡くして初めて迎えたクリスマスの夜だけで、その後はプレゼントだけが枕元に置いてあるというのがクリスマスの常だった。多分おじさんとおばさんが毎年用意してくれていたんだろうけど、その二人が海外に行ってしまってからは静雄さんが僕と臨也さんにプレゼントを買って、毎年こっそり枕元に置いて行ってくれてるらしい。
面と向かって静雄さんに尋ねた事は無いけれど、臨也さん曰く「俺が目覚めないくらいに完璧に気配を消して枕元に近づける奴なんてあいつくらいだよ」と言っていたから、まあ多分、そうなんだろう。僕もなんとなくだけどそう思う。というか静雄さんと僕ら以外にこの家に出入りしている人間はいないのだから、静雄さん以外だったら逆に怖い。

「とにかくさ、折角二人きりなんだからもうあいつの事考えるの止めてよ」

思考に耽る僕をひょいと抱え上げた臨也さんはそのまま器用にリビングの灯りを落とし、二階へとあがっていく。慌てて服にしがみつくと、今日は帝人君の部屋ね、とこれまたいい笑顔で言われてしまった。
自分の部屋でそういう事するのはあまり好きではないのだが、臨也さんに僕はどうやったって敵わないし、こうなってしまっては諦める他僕に選択肢は無い。
せめてもと赤い顔を誤魔化す様に、首筋に顔を埋めた。




(ん……)

何がきっかけで目が覚めたのか、自分でもよく分からない。視界にちらりと入り込んだ赤。その赤が一体何の赤なのか思考するよりも先に体の感覚が戻る。僕の体を抱きしめるようにして隣で寝こけている彼の腕を重たいと感じながらも、僕ははっとした。
赤、だ。薄暗闇の中でも何故か判別のできる赤。傍らにある大きく膨れた白い袋。
まさか、まさか。

「、さんた、さん……?」

出た声は掠れていてともすれば空気に聞こえるかもしれなかった。それでも静寂の中響いた僕の声をその人はちゃんと拾ったらしい、ゆっくりこちらを振り向く。
そして、

(しずお、さん……?)

赤い服のサンタさんの顔は、確かに僕の兄だったように、見えた。








翌朝目覚めると、枕元には二人分のプレゼントが置いてある。臨也さんは僕よりも先に起きていたのか、僕の隣で上体を起こしたままじっとプレゼントを見つめていた。

「……おはようございます」
「酷い声だね。おはよう」

わしゃわしゃと頭を撫でられながら、誰のせいでこんな声になったんだとむっとする。けれど脳裏にはすぐに昨晩の夢の内容が思い返されて、僕も臨也さんのようにじっとプレゼント見つめた。

「昨晩、夢を見たんです」
「……どんな?」
「サンタさんがプレゼントを持ってきてくれたんですけど、そのサンタが静雄さんだったんです」
「……奇遇だね」

俺も見たよ、同じ夢。
相変わらず険しい顔でプレゼントを見つめている臨也さんは、何を考えているのだろう。今年も寝てる最中に静雄さんの接近に気付けなかった事を悔やんでいるのだろうか。その辺はよく分からないけど。

「今何時ですか……って、もう昼過ぎじないですか」
「いいじゃない、どうせ君冬休みでしょ」
「そうですけど……とりあえず下に行きましょう。プレゼントがあるって事は静雄さんも帰ってきてるだろうし」

のそのそと二人でベッドを抜け出せば、室内にも関わらず冷えた空気が冬の寒さを物語る。ぶるりと震えると臨也さんがぼふりとカーディガンを後ろからかけてくれた。それに袖を通しながら、冷えたフローリングの上を歩いて階段を下りる。

昨晩見た夢。臨也さんと同じ夢。
ちょっとだけ、少しだけ。昨晩現れたあの人が静雄さんではなく本物のサンタさんだったらと思わない事もない。サンタさんに会えたら、僕はどうしても一言だけいいたかった。
あの晩のクリスマス、寂しくて仕方無かった僕に両親の夢をプレゼントしてくれたサンタさんに、ありがとうと。それをずっと、言いたかった。
むしろ静雄さんがサンタさんだったらよかったのに。わざわざサンタの格好をしてまで僕達にプレゼントをしてくれたあの優しい兄が、サンタだったら。

「静雄さんがサンタクロースだったらなあ」
「何、突然」
「あ、でも静雄さんってサンタさんみたいですよね。クリスマスになると忙しいだなんて、サンタさんくらいですよ」
「朝から変な冗談止めてよ……」

階下に降りると静雄さんは帰宅していた。帰宅していたようなのだが、余程眠かったのだろうか。ソファに横になって、そのまま眠ってしまっている。出掛ける時に着てったコートをそのまま自分にかけ、着替えすらしていないようだ。

「……こんなのが子供に夢を配るサンタだなんて、子供達はさぞがっかりだろうね」

苦笑しながら、それでも臨也さんは毛布を取りにリビングを出て行った。なんだかんだで臨也さんも静雄さんの事好きだよなあと思いつつ、僕も静雄さんの体にかけてあったコートを外す。皺になるといけないから壁掛けのハンガーにコートをきちんとかけた。

「お疲れ様です、静雄さん」

ぐっすり眠る静雄さんが起きたら、昨晩は食べずにとっておいたケーキを三人で食べよう。それからプレゼントを貰えた事を報告して、嬉しかったとサンタへ御礼を言おう。

そんな事を考えていたからだろう、僕は気付かなかった。静雄さんのコートのポケットからはみ出している、四つ折りされたメモに。




『プレゼント配達箇所』と記された住所録の存在も、静雄さんの部屋に脱ぎ散らかされているサンタの服も。
僕らは全く、気付かなかった。










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