はふ、と吐いた息が白かった。もぞもぞとマフラーに顔を埋めると寒いの?と隣から声が降ってくる。

「すこしだけ……」
「冷えるもんね、今日は。空は見事な秋晴れなのに」

臨也さんは繋いでいた手に力をいれてぎゅっと僕の掌を握った。まるで僕の手を温めようとしているみたいで、体は寒さを感じたままだったけれど胸の中、心の奥の方がほんわかと温かくなる。

ついこの間までは記録的な猛暑が続く夏だったというのに、今では街路樹の葉も色づき街行く人みんながコートやマフラーを身につけている。寒さばかりが感じられる秋の訪れは、夏の終わりより唐突だった。

「ほら、次は何処に行く?まだ欲しいものあるんだろ」

臨也さんに手を引かれるまま、僕はちらりと隣を歩く大人の人を見上げた。今は秋仕様になっているのだろうか、ファーの着いたジャケットはみるからに温かそうで黒いそれが少し羨ましくなる。僕が今着ているウール生地のカーディガンは見た目こそ温かそうではあるが意外と風を通すのだ。

「……それ、」
「ん?」
「臨也さんの着てるそれ、欲しいです」

マフラーに口元を埋めたままもごもごと呟くと臨也さんはきょとんと眼を見開いた。それも一瞬で、まるで今の秋晴れの空のように清涼感溢れる声を大にして臨也さんは笑い始める。爆笑、の一歩手前くらい。美形は何をしてもその外観が損なわれる事が無くてそれも羨ましいなあと思った。

「ま、まさかそうくるなんてね」
「……僕、何か変な事言いました?」
「いいよって言ってあげたいとこだけど、さすがに今ここでこれを脱ぐと俺も寒いから」

だからごめんね、目の端に涙すら浮かべながら臨也さんは謝った。何がこの人のツボに入ったのかは分からないが、泣くほど面白い事だったのだろうか。そもそも、別に僕は臨也さんが今着ているジャケットが欲しいと言ったわけではなく、そういう感じの温かそうな上着が欲しいという意味で言ったのだ。それを勘違いされてしまったのだろうか。

「まあでも、今日は君にとことん付き合うって約束だしね」

臨也さんは一しきり笑いが落ち着いた後、こっち、と僕の手を緩く引いて歩き出す。人の波を器用にすり抜けながら進むその足取りは軽やかで、彼の後ろを引かれるがまま歩く僕はその背中をぼんやり見上げた。背が高い、後姿もかっこいい、僕の手をまるっと覆えるぐらいに大きい骨ばった手。何もかも僕とは違う、大人の人。

あまり本人を前にして、というか声にすらした事はないが、臨也さんは僕の自慢だった。こんな人の隣を自分が歩けている事が嬉しかった。彼の隣にいる事を許されているのが、自慢だった。
そして、この人が僕の恋人であるという事が、自慢だった。

「……なに笑ってるの、帝人君」
「え?僕、笑ってました?」
「うん。だらしない顔しちゃってさ、少しは賢そうな顔してなよ」
「……すいません」
「なんで謝るのさ」

臨也さんは苦笑して、また僕の手を強く握り締めた。答えるようにおずおずと力を入れ返すと、臨也さんはふわっと笑ってみせる。この人とこうして手を繋いだり一緒に過ごしたりしていく中で初めて知った、臨也さんだってこんな風に優しい顔も出来るのだ。

「帝人君の手、あったかいね」
「そ、ですか?」
「うん。握ってて気持ちいい」

そろりと臨也さんの手が動く。ただ握るだけだった指が絡めるように繋がれて、臨也さんのジャケットのポケットに僕の手ごとしまわれてしまう。

「いざやさん……」

恥ずかしい、と目線で訴えながら見上げると、鼻先にキスが落ちてきた。こんな道端で、と思うもそれは一瞬でそしてごく自然な動作で、傍から見ればただ顔を近づけただけに見えたかもしれない。

「帝人君顔赤い」
「……臨也さんのせいですよ」
「うん、知ってる」

ゆっくりと道を歩く。ここだよ、と臨也さんがお店の前で足を止めた。お洒落な雰囲気の衣料店、みたいだった。ここで温かい服買ってあげると臨也さんは言う。僕の欲しいものを、どうやらちゃんと理解してくれていたみたいだ。

「でもさ、帝人君。もうあんまり寒くないだろ?」

店のガラス戸を押しながら尋ねられた。質問と言うよりは、確認のような言葉だ。僕は悔しいからその問いには何も返さず、臨也さんに続いて店に入る。


入る間際、一際冷たい風が吹いた。けれどもう僕は寒いと感じなかった。










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