人はすべからく好きだ。人間って奴は面白い、自分勝手で自分本位で、そのくせ孤独では生きていけない。喜怒哀楽、感情、思考。人の心理や行動、そう言ったものを眺めるのはとてつもなく楽しい。
俺は自分の欲求と興味を満たすためなら何でもする。たとえそれが道徳的に咎められる行為だったとしても関係ない、自己欲求に忠実なのもまた、人間の性だ。そしてそれは、全て人間への愛ゆえ。

「初めましてかな、竜ヶ峰帝人君」

だから彼に声をかけたのも、そうした俺の内を巡る欲求を満たす以外の理由なんてなかった。

「あ……折原、先輩?」
「ああ、名前知っててくれたんだ。ありがとう」
「い、いえ……」

休み時間、屋上のベンチに座りぼんやりとしていた彼が毎日この場所に来る事を俺は知っていた。知っていて、敢えて偶然俺もこの場所に居合わせましたよ、という雰囲気を作りほほ笑む。彼、竜ヶ峰帝人は俺に声をかけられた事に大層驚いたらしく、ぱちぱちと何度も瞬きをしてからワンテンポ遅い返事をした。

「折原先輩こそ、僕の名前、知ってたんですね」
「うん、まあね。君ってさ、あの時近くに居た子だろ?」
「え、?」
「ほら、四月の中旬くらいにさ、俺とあの化け物が喧嘩してる所に居合わせた……」
「……覚えて、たんですか」
「あんなに至近距離で俺達の喧嘩目の当たりにしてたくせに逃げないんだもん。そりゃあ印象に残るよ」

人当たりのいい笑顔を浮かべながら告げると、彼は頬に朱色を走らせ俯いた。多分、俺が顔を覚えていた事を喜んでいるのだろう、実に分かりやすい。

この子は、俺に惚れている。それは過信ではなく事実だ。彼から送られてくるいっそ分かりやすい視線はまさに恋する乙女と同類のもので、しかし他とはどこか違う。見返りを求めないその視線に、その思考に俺は惹かれた。面白いと思った。俺からの見返りを求めない彼は、それでは俺が甘い顔をして近づけばどういう反応を返してくれるのだろうか。
彼に敢えて近づいたのは、俺のその欲求を満たすため。それ以上でもそれ以下でも、ない。

「竜ヶ峰君は毎日ここに来てるの?」
「あ、はい。静かなところが好きなので……お、りはら先輩も、よくここに来られるんですか?」
「俺はたまにだよ。写真撮りに来るくらいかな」
「そういえば、写真部、なんでしたっけ?」

控え目にそう言われ、俺は微かに目を見開く。まじまじと彼の顔を凝視すると、彼は分かっていないのか首を傾げた。その様子に思わず苦笑。笑いながら彼の傍に腰を下ろすと、びくりと大袈裟にその体が跳ねあがった。

「俺幽霊部員並に部活なんて参加してなかったんだけどさ、よく知ってたね」
「え……?あ、」

瞬間、彼の顔は茹であがったたこのようにぼんっと赤くなる。

「あ、いや、す、すいません……その前に一回、部活動の名簿見た事あって、それでっ」
「ああ、竜ヶ峰君はクラス委員なんだっけ?」
「そ、そうなんですっ……それで、その、たまたま先輩の名前を見つけたというか、珍しい名前の人だなと思って……」

しどろもどろに言い訳をする彼がおかしくてたまらない。いくらクラス委員で部活動の名簿を見る機会があると言っても、三年の先輩の名前なんて普通は目にしない。意図的に探しでもしない限り、名簿の名前なんてただの文字の羅列だ。
つまり彼は、明確な意思を持って俺の名前を探したという事だ。憧れの先輩の部活がなんなのかを知りたくて、膨大な量の生徒の名前の中から、俺の名前を。

(っ……ほんと、面白いなあ)

「ねえ、折角だから写真撮っていいかな」
「ふ、え?」
「いつもは屋上からの景色を撮るんだけどさ……折角こうして君に会えたわけだし、お近づきの印に、ね」

いいだろ?わざと顔を近づけると赤い顔のまま、彼はこくこくと頷いた。俺はポケットからデジカメを取り出して彼の手を引っ張った。俺的に一番見晴らしのいい場所に彼を立たせて、その肩を抱く。

「え、ええっ!せ、せんぱい、」
「いいじゃん、一緒に撮ろう」
「あ、いえ、あの……」
「ほら撮るよー。はい、チーズ」

彼の肩を抱いたままデジカメのレンズをこちらに向けて掲げ、シャッターを切る。彼は慌ててレンズを見遣ったがその顔は赤く緊張で固まったままだ。フラッシュの光が一瞬だけ網膜を刺激し、カシャリとシャッター音が響く。

「はい、撮れたよ」
「う、あ、え……」
「はは、竜ヶ峰君面白い顔してるね」

デジカメで撮った写真を確認すると、作り物の笑顔を浮かべた俺と赤くなった微妙な表情の彼が仲良く収まっていた。まあ、このくらいやれば上等だろう。

「これ、今度プリントアウトして持ってきてあげるよ」
「え……い、いいんですか?」
「うん。言っただろ、お近づきの印って」

甘い顔を浮かべると、彼は赤い顔のままそれでも確かに歓喜の色をその瞳に滲ませほほ笑んだ。本当にその視線が恋する乙女その物で笑いたくなってしまう。

「それじゃあまたね、竜ヶ峰君」




二回目に彼と屋上で会ったのは、それから三日ほど間を開けてからだった。時間を開けたのはわざとだ。そうしてより深く、彼の心に俺を根付かせるために。
ぼんやりとベンチに腰掛けていた彼は俺が現れた事に気付くとさっと頬を染め、どこかぎこちなく緊張した声音で俺を呼んだ。

「あ、折原、先輩」
「やあ、こんにちは」

彼の横に腰を落とすと、さりげなく彼は距離をとった。俺に気を遣ってかベンチの端に寄った彼の体は強張っていて、緊張している様子がありありと窺える。

「今日はこれ、持って来たんだ」
「あ……これって、」
「そう。この間取った写真」

作り物の笑顔の俺と、微妙な顔をした彼とが映った写真。それを手渡すと、彼は大事そうに両手で写真を受け取り、暫しそれに見入っていた。その表情がどこか放心したようなものになっている事に気付いて、竜ヶ峰君?と名前を呼ぶ。

「……なんだか、」
「え?」
「なんだか、不思議だなあと思って……ついこの間まで雲の上の人だった先輩と、こんな、写真を一緒に撮ったのが……」

呆然と、どこか独り言のように彼は呟いた。まるで夢心地な気分なのだろうか。そりゃそうか、なんたって自分が焦がれてやまない先輩とのツーショットだ、嬉しくないはずがない。
さて、なんて甘い言葉をかけてあげようか。夢なんかじゃないよ?また一緒に撮ろうか?俺が口の中の言葉を実際に声を出すよりも早く、彼はゆっくりと俺を見上げた。身長差があるから、必然的に彼が俺を見上げるのは仕方のない事だ。

「……ありがとうございます、先輩」

ただ、そのふやけたような笑顔に、俺はいつもの折原臨也としての顔を返せなかったのは、不覚だった。不意打ち、というのはこの事だろうか。

(……本当に、君は予想外だよ)

何も写真一つでそんなに嬉しい顔をする事も無いだろうに。そう思えるくらい、彼は幸せと嬉しさを詰め込んだ表情をしていた。愛おしそうに写真を眺めるその横顔から、目が離せない。

「……喜んでもらえてよかったよ。それじゃ、俺は用があるからこれで」
「あ、はい……」
「またね」

逃げるように屋上を後にした。あのままあの場に留まっていては不味いと、本能がそう叫んでいたからだ。参ったなあ、と階段を下りながらため息をつく。俺とした事が、思考を乱されるなんてらしくない。

(彼は俺のおもちゃで、それだけだ)

自分に言い聞かせれば幾分か気持ちは落ち着いた。そしてここまで首尾よく事が運んだ事にほくそ笑む。このままゆっくりゆっくり、しかし性急に、彼の心に俺を刻むのだ。刻んで刻んでもっと焦がれて、そうして俺を愛しいと思わせて。
そうして絶望に叩き落としたらあの子はどんな顔をするだろう。このゲームのゴールは其処だった。それまではせいぜい楽しもうと、俺はまた一人笑った。










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