(あ、)
臨也さんだ。
池袋に来ていたらしい。相変わらずファーつきの上着を着た彼は、僕が歩く歩道とは反対の歩道を歩いていた。外面的な怪我はもう見受けられない。
これだけの人がいるにも関わらず、何故か真黒なその姿は真っ先に発見する事が出来た。
帰宅途中だった足を止めて、ぼんやりと反対の歩道を見る。
臨也さんがこちらを見る事は無い。一方通行な視線は、しかし車道を通る車に遮られた。車が通過した後に同じ場所に目を向けても、そこに黒い姿はいない。
また僕は歩き出す。
あの夢のような二日間から、三日ほどたった日の事だ。
疲れた体を引きずってアパートの階段を上る。部屋の前で足を止めた僕は、自室の扉の前で見慣れない紙袋を発見した。
(危険物……?)
恐る恐る中を覗いてみる。入っていたのは見覚えのある紺色のジャージと、無地の白いティーシャツ。それと、封筒。あとはメモ書きのようなもの。
(まさか、)
服は綺麗になっていた。クリーニングにでも出してくれたのだろうか。封筒の中身をちらりと覗くと一万円紙幣が何枚か入っていて、慌てて袋の中に突っ込み直した。
メモ書きの方には、短くこう書かれている。
"お世話になりました
手間賃は用意したから好きに使ってね
追伸
伊達眼鏡は気に入ったのでもらっていきます(笑)"
(……最後の(笑)の意味が全く分からない)
それよりも、手間賃にしては封筒の中身の金額は多すぎやしないだろうか。
とりあえずこんなには使えないから今度返金する事にしよう。
(さっき見かけた臨也さん、ここに寄った帰りだったのかな)
あながちはずれでも無い気がした。
もう一度メモ書きに視線を落とす。
走り書きのようなそれを大事に抱えながら、僕は自室の鍵を開けた。