臨也さんから夕食を御馳走になった次の日、日曜日の昼前だ。携帯を弄っていた臨也さんは昼食を作る僕の背中に、そうそうと話を切り出す。

「明日の早朝にはここを出るよ」
「……はい?」
「明日になれば君も学校があるだろ?だから俺は場所を移すよ」

驚いて振り返るが、臨也さんの視線は僕ではなく、携帯の画面に注がれていた。昨日から思っていたが携帯を二台いっぺんに扱えるなんて、すごい。

「そうですか」
「うん。名残惜しいけどね」

(嘘ばっかり)

昼食を食べた後は相変わらずだった。僕はパソコンを立ち上げて、臨也さんは僕の膝を枕にして。
途中友達から適当に遊ばないかという誘いのメールも来たが、どういう訳か気分がのらない。膝の上の温もりを手放すのが、若干惜しい気がしたからか。

そうして特に何をするわけでも無く日中を過ごして、夕食を食べて、臨也さんの体の湿布やらを取り替えて。相変わらず狭すぎる布団に二人で横になった。

(今眠って目が覚めた時には、臨也さんはいないんだ)

他人と過ごした日常。二日間だけだったし、特に何か特別な事があったわけでもない。それでも普段とは違う何かを、感じる事が出来た気がした。

たまになら、こんな非日常も悪くない。

果たしてこれしきの出来事が"非日常"に含まれるのかどうかは、分からないけど。
長いようで短かった二日間。金曜日の夜から今日までの事を思い返しているうちに、意識は眠りに落ちていた。




「金曜日の夜、会えたのが君でよかったと、今になって思うよ」

誰かの声がする。

「最初は気まぐれだったんだけどさ、中々どうして楽しめた。その点では、君には礼を言わないとかな」

頭の奥から響くような、声が。

「正直ここを離れるのは何となく名残惜しい気もするけどね、こう見えて俺は多忙だから」

夢、かな。

「ホント、中々に楽しかったよ。君との日常"ごっこ"は」

ああ、夢だ。

「だから、さようなら」




はっとした。急に意識が一瞬にして浮いた。ぼやけた視界のピントがようやく合うと、目の前にはここ最近で見慣れてしまった顔がある。

(臨也、さんだ)

まだいてくれたんだ、ほっとしたせいか再び眠気に襲われる。逆らう事無くまどろみに身を任せた。

その瞬間唇に感じた温もりの正体は、一体何だったのだろうか。




翌朝携帯のアラームで目を覚ますと、布団には僕一人分の温もりしかなかった。壁にかかっていたはずの臨也さんの上着も、勝手に人の家のコンセントで充電していた携帯も、洗濯したはずの臨也さんの服も、本人も、綺麗さっぱりなくなっていた。

(夢だったのかなあ)

そう思えるほど、室内に僕以外の誰かがいた痕跡はない。
ふとした瞬間に転がり込んできた唐突な特別は、やはり唐突に消えてしまった。

(結局、僕は近付けたのかな)

記憶の中には、確かに彼と過ごした二日間が存在する。確かに、近くで彼を感じた。
臨也さんがいなくなった今になって、僕はようやく実感する。

非日常の塊、危険人物、情報屋、折原臨也。

彼と過ごしたこの二日間は、紛れも無く"日常ではなかった"という事を。

(過ぎた後に気付くなんて、何だかもったいないあ)

けれどそんなものかもしれないと思い直す。人間は近眼だ。遠くにあるもの程興味を持ち、欲する。僕もそうなのかもしれない。
これからまた、日常ではないものに憧れる日々が続くのだ。

「そういえば、」

着替えをしながらふと考えた。

「怪我、大丈夫かな」










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