「臨也さん」

窓から差し込む光が茜色になった頃、眠り続ける臨也さんの肩をそっと揺すった。正直まだ寝かせてあげたかったが、起こしてくれと頼まれてしまったし何より僕の足がもう限界だった。こんな事なら簡単に膝枕など許さなきゃよかったと思うほどには。

「……あれ、もう夕方?」
「はい。早くどいてください」
「俺の頭落とさないでいてくれたんだ。君ホント律儀だね」

誉め言葉と笑顔はいいから早くどいて下さい。無言の訴えが通じたのか否か、臨也さんはむくりと起き上がった。ようやく圧迫から解放された膝が自由になる。けれど痺れているから迂闊に動かす事も出来ない。

「あれ、もしかして痺れちゃった?」
「……あれだの時間正座してれば普通は痺れますよ」
「ふーん。あ、足触っていい」
「え?」
「俺人が嫌がる顔とか大好きなんだよね」

この時臨也さんが浮かべた笑顔は、マジだった。本気で、楽しんでいる人の目だった。
多分、冗談だったんだろう。彼が放った言葉そのものは冗談として受けとれるように彼が意図したものだ。
けれど、目だけは違う。目は口ほどに物を言うとは、昔の人は上手い事を言ったものだ。

(……やっぱり、この人怖い)

この時僕はどんな表情をしていただろう。臨也さんはじっと僕の顔を見つめていた。この人は他人の顔を見つめるのが好きらしい。
未だ立ち上がれない僕の傍に近づいてきた臨也さんは、顔を覗きこんでくる。

妙な沈黙と緊張感が、室内を満たしていく。

「――――帝人君、」

ぎゅう。

「っ!?い、痛いです臨也さんっ!!」
「はは、ゴメン。けどさっきも言った通り、俺人の痛がる顔大好きなんだよね」
「さっきと微妙に言葉が変わってますっ」

信じられない!痺れまくって少し動かすだけでも辛い足を、この人容赦なく本気で掴んできた。しばらくは悶絶して痺れに耐える。諸悪の根源は僕の痛がる姿を見て愉快気に笑っていた。
この人、本気で怖い。

「そういえば、お遣いはちゃんと行ってくれた?」

痺れが大分治まった頃にそう聞かれ、僕はこくこくと頷く。部屋の隅に置きっぱなしだった買い物袋を指差すと、臨也さんは勝手に漁って伊達眼鏡を取り出した。

「……聞きそびれてましたけど、それ何に使うんですか」
「え、決まってるじゃんそんなの」

まるで最初から自分の所有物であったかのように、臨也さんは度の入っていない眼鏡をかける。

「変装だよ」

様になるくらい似合っているのは、やはり美形の特権だろうかと少し羨ましく思った。




ジャージを着て眼鏡をかけて帽子を被った臨也さんが上機嫌に僕の隣を歩いている。この人外に出るの渋ってなかったけ、そんな疑問が浮かんでは消えた。
本人曰く、ジャージだしちょっと顔隠せばばれないでしょ、との事だ。
確かに、普段の臨也さんからジャージというイメージは全く湧かない。眼鏡と帽子で顔と頭髪もそれなりに隠しているから、ぱっと見別人に見えるだろう。

そして、何故変装道具を僕に買ってこさせてまで外に出たがったのか、その理由を彼は道中で話してくれた。

「外食したかったから」

遠回しに、お前の飯は不味くて食えない、と言われているのだろうかこれは。

「あの、外に出ても平気なら家に帰った方が、」
「ああ、家は駄目。多分まだ危ないし」
「池袋も安全とは言えませんよ」
「まあその通りだけどね。少なくとも君の家付近は安全だし、遠出しなければ平気だよ」

今日は奢ってあげるから、そんな安い誘い文句で外に出てしまったが本当に平気なんだろうか。よくよく考えれば臨也さんは怪我人だし、今は笑顔に隠れているけれど痛みを感じていないわけではないのだろうから。

(この人、ホントに何がしたいんだろう)

ため息をつこうとしたところで、臨也さんの足が唐突に止まる。そして、唐突に肩を掴まれて路地裏に引きこまれた。

(う、わ、)

壁に押し付けられるように体が密着する。こんなに距離が近くなったのは、初めてだ。
急な状況のせいか、目の前にある顔が人よりも整っているせいかは分からないけど。
鼓動が、煩い。

「――――もう、大丈夫みたいだね」
「え、と……何が、ですか」
「反対の通りに会いたくない奴がいたから」

路地裏に僕を引きこむほど、会いたくない人だったのか。もしかしたら臨也さんが身を隠さなければならない原因を作った人なのかもしれない。

(それにしても、びっくりした)

何事もなかったように再び歩き出した臨也さんは、忘れそうだけどちゃんとした大人なんだなと、思った。

「ところで帝人君」
「はい」
「大トロは好きかい?」

そして、この人金持ちなんだな、とも。










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