「ぁ、っ!」

思わず上げてしまった小さな悲鳴を押し込めるように、もう一度シーツを噛み直す。そんな僕の抵抗すら嘲笑うように、彼は一際大きくくちゃりと水音を奏でて見せた。
ベッドに上半身で縋りつきながら、どうにか背後から覆い被さる彼から逃れられないかと思ったが、彼は僕の性器をまるで人質の様にその掌の中に閉じ込め弄び、もう片手はしっかりと腹の前に回されている。ろくろく力も入らないこの状態では、逃れるのは不可能だった。

四回目、だった。彼が家に来たのは今日で四回目。誉められるのが嬉しくて、一緒にいられるだけで幸せで、浮かれていた僕は、いそいそと教科書とノートを広げて、そしてすぐ傍に迫っている彼に気付かなかった。
肩を掴まれて、腕を取られて、彼の顔が至近距離に迫って。

キス、された。

「無防備だよね、本当に」
「い、ざ、」
「昔から変わってないね、そういうとこ」

優しい顔じゃ、なかった。何というか、人を、どこまでも見下しているような、嘲笑っているような。なんか、嫌な笑みだった。怖くなった僕は逃げだそうと彼の手を反射的に払って、背を向ける。けれど逃がしてはもらえず、簡単に肩を掴まれてすぐ後ろにあるベッドにぼすりと上半身を押し付けられた。立ちあがろうと足に力を入れるがすぐに背後から彼が圧し掛かってきて、座ったまま目の前をベッド、後ろを彼に囲まれる。

「っ、なに、」

かちゃかちゃと制服のベルトが緩められ、彼の大きくて骨ばった掌が無遠慮にズボンと下着の中に入り込んでくる。くたりとした性器を引きだされて、瞬時に体が強張った。

「臨也、さん……?」

何をするのか分からなくて、なんとなくだけでこれから怖い事をされるんだとそれだけを悟って、ごくりと唾を飲み込んだ。

「昔から言ってたよね、帝人君は警戒心が足りないって。そんなんじゃ悪い奴に騙されるよ」
「、なに、を……」
「まだ分からないかなあ?……ねえ、数年離れてた間、君は何を考えてた?俺はね、ずっと君の事考えてたよ」
「っ!?」

ゆるり、握られた性器がゆっくりと扱かれる。自慰もした事のない僕にしてはそんな所を他人に触られるのすら初めてで、そして擦られた事によって湧きあがる変な感じも、初めてだった。

「っ、ひ、ぁ、ぁ……!」

口からみっともない声が勝手に飛び出して、ぎゅっと目をつむって目の前のベッドに顔を埋める。シーツを握り締めて咄嗟に噛みついた。そうでもしないと、喉奥から変な声がひっきりなしに漏れそうだ。

「ん、……くっ、ん、」

徐々に性器が熱を持ってきて、そこから広がる熱が体をどんどん熱くしていく。体温の急激な上昇に頭が真っ白になって、くちゅくちゅと聞こえ始めた水音に伴って性器を扱く指の感触に粘り気が混ざり始めた。自分の下腹部を視界に入れる事は出来ないから、感触だけでなんとなく、この水音は僕の性器から溢れる液体が奏でている音なんだと察する。

「自分で触った事ない?帝人君、見るからにこういう事に疎そうだもんね」
「っ、ゃだ、臨也さん……」

制止を訴えようと紡いだ言葉の甘ったるさに、自分でびっくりする。慌ててシーツを口に含み直すが、彼にはばっちりと聞かれてしまっただろう。は、と耳元で笑われた気配がする。

「可愛い声、だすね……きもちいい?」

ぶんぶんと首を横に振ると、唐突に指先を先端に立てられた。

「っぃ!」
「素直になりなよ。声、出した方が気持ちいいよ」
「あ……あ、あぁっ!」

それまで緩やかだった手の動きが激しくなる。どくんと心臓が脈打って、びくびくと肩から腕から足まで、変に震え始める。痙攣、しているようだ。こんな状態になるのは初めてで、じんわりと性器から背筋に這いあがるぞくぞくとした感覚に声が裏返る。ぐりぐりと尿道を抉る人差し指の動きは変わらず、強い力で扱かれれば経験した事のない強烈な快感に涙がぼたぼたと溢れだした。

「あっ、あ!っ、あっ……!」

不意に、腹に回されていた彼の腕が外された。そのまま彼は腕を僕の背中に回し、背骨をなぞる様に下へと指先を滑らせる。そして、本来ならば排泄にしか使わないはずのそこを、何故か服の上からなぞり始めた。すりすりと、指の腹がゆっくりと行ったり来たりする。最初は変な感じがしているだけだったのに、何故か徐々に息が上がってくる。奥の方が、変にむず痒い。

「やぁ……いざ、さっ、そこ、ゃめっ……!」
「……きもちいいんだ?」

擦るだけだったそこを、今度は指で強く押される。服ごと僅かに指が押し込まれて、びくんと背筋が反った。

「っふ、あ、あぁぁ、あぅっ……!」

ぐちゃぐちゃと水音を増す前と、擦られる後ろ。後ろまでもが性器を扱かれる快感に触発されるようにずくずくとし始めて、もう訳が分からない。気持ちいいのかな、気持ちいいっていうのかな、こういう感じが。

「あ、ひっ、いゃあっ!」

ぼたぼた落ちる涙がシーツに染みを作っていく。這い上がる悪寒の様な、電流の様な刺激に視界がちかちかとして、もう駄目だと思った。

「あ、くっ……ぁ、ああぁっ!」

びちゃりと性器から濡れた音が溢れた。まるで熱が爆ぜたような、とても強烈な衝撃。熱が一気に引いていく感覚に涙を散らしながら浸っていると、ゆっくりと彼が体から離れていく。性器からも後ろからも指が離れ、ほっとしてベッドに沈み込んだ。でもそんな休息も束の間で、急に脇の下に手を差し込まれると持ち上げられベッドの上に乱雑に放り投げられる。

「っ、え、……?」

ぎしりと軋んだベッドのスプリング。投げられた時にちらりと視界の隅に映ったテーブルの上には教科書とノートが広げられたままで、どうして僕はこんなことしているんだろうと、一瞬だけ考える。けれど本当にそれは一瞬で、次いで彼が今度は真正面から圧し掛かってきて、思考する余裕なんか奪われた。

「ぁ……いざや、さん……」

空気の様な声で呟けば、みかどくん、と低い声が落とされる。さらさらと頭を撫でられて、あまりの気持ち良さに今彼に怖い事をされているんだという事を忘れそうになった。少し優しくされるだけで絆されるのだから、僕は相当、彼に惚れこんでいるらしい。けれど、体はやはり経験した事の無い手淫に怯えを打っていて、おそるおそる彼を見上げる。

「ずっとね、」
「、」
「君にこういう事したいって、思ってたんだ」

ずるりとズボンが下着ごと奪われた。学ランも取り払われて、シャツだけにされる。驚く間もなく、先程服の上から散々なぞられて押された後ろ側に指が伸びてきて、今度こそ、そこに押し込むと言う明らかな意図をもって指に力が込められた。爪の先だけが軽く中に沈んで、びくりとまた体が痙攣する。

(こわい、こわい!)

彼が好きだ。今でも。こんな事されても。でも、怖い。なんでこんな事されるのか分からなくて怖い、彼が何を考えてるのか分からなくて怖い。
離れてる間ずっと僕の事を考えてた、僕にこういう事をしたかった、彼はそう言ったけど、でもそれが何でなのか分からない。
こわい、いたい、いやだ、やめて、

(臨也さん……)

いつからだろう。彼を臨也さんと呼ぶようになったのは。彼が帝人君と呼ぶようになったのは。


「い、ざ……」
「、え」
「いざ、くん……」

互いに照れ臭かったんだと思う。年の離れた幼馴染、僕らの関係にはそんな肩書はついていたけど結局は他人でしか無くて、大きくなるにつれべたべたとしているのがみっともないと、そんな風に思うようになった。それはきっと、彼も同じだったと思う。だからいざくんと呼んでいた名前が臨也さんになって、みーくんと呼ばれていた名前が帝人君に変わってしまった。
この年にもなっていざくんみーくんと呼び合っているのは確かに恥ずかしかった。でも、恥ずかしくても、僕はまた昔みたいに名前を呼び合って、一緒に遊べるような、そんな日が来る事を望んでいたのかもしれない。だから今になって、懐かしい呼び名で彼を呼んでしまったのかもしれない。

「い、ざくん、いざくん、いざくんっ」
「……帝人君、」
「いざくん……すき、……」

不意に口から洩れてしまったのは、僕の人生最大の秘密であるはずの、恋心だった。どうして今このタイミングで口にしてしまったのだろう。嫌だとか止めてとか、言うべき事はもっと他にあるのに。
多分、怖いからだ。彼の事が怖くて堪らないからこそ、彼が何を考えているのか分からないからこそ、伝えたかった。僕の気持を、僕の考えを、僕はこう思ってるんだって事を、伝えたかった。伝えれば、彼もきっと何を思い考えているのか、教えてくれるだろうと思ったから。

「……帝人君」

泣きながらいざくん、と好き、を繰り返している僕を見下ろして、呆然としたように彼が呟く。僕の体に這わせていた手が、この時初めて止まった。










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