※大学生×中学生幼馴染ぱろ




いざくん、いざくん。
そう舌足らずに呼びながら彼の後ろをひょこひょこと、まるでひよこの様に追いかけていたのはもう大分昔の事だった。彼は僕より年上で、でも僕がいざくん、いざくん、と呼ぶとその度に足を止めて振り返り、そしてみーくん、と僕の名前を読んで手を握ってくれた。手を引かれるまま、今度は彼の後ろではなく横を歩くのが楽しくて嬉しくて、優しく笑って頭を撫でてくれる彼の事を本当の兄弟のように、いや、本当の家族以上に僕は好いていた。

好きだったんだ、と思う。いや、今でも好きだ。それが家族愛や親愛を超えてしまった感情なのだと気付いたのは、僕が中学生になって、彼が大学生になってからだった。
その頃にはもう、僕らは仲の良い幼馴染という関係からは逸脱していて、昔はよく遊んだのにそれすらもなくなり、当然と言えば当然のように、僕らは他人になっていた。
家はすぐ傍で家族ぐるみの付き合いもあったというのに、そんなのはまるでなかった事のようだった。それもそうだろう、中学生と大学生では、時間の使い方だって異なるのだから。
疎遠になった事を寂しいとは思ったが、ああやっぱり、というあきらめの感情も確かに僕の中には存在した。ずっと一緒にいられるわけではないと、なんとなく知っていたからだ。仕方のない事だよねと諦めて、そして僕は、彼の事が家族愛や親愛を超越した意味で好きなのだと、気がついた。気付いたけどどうしようとは思わない。いや、どうする事も出来なかった、という表現の方が正しい。好きだと告げる事も、昔のように遊んで欲しいとねだる事も、もう久しく姿さえ見ていない彼に到底訴えられたものじゃない。怖かった。距離を置くようになって、互いに顔さえ見なくなって、もう何年もたつ。その間に変わってしまった彼が、僕の知らない彼になってしまった彼が、怖かったのだ。だから僕は、どうしようも出来ないまま、ただ彼への淡い恋心、と呼ぶにはお粗末すぎる未熟な感情を持て余して、何事も無いように、日常へと身を投じて行った。

きっと、これから何年もたって、僕が彼の様に大人になれば、こんな恋心も消えてしまうだろうからと。そう、何の根拠も無い憶測の中に感情を閉じ込めた。
こんな感情を抱いてしまうのは世間一般的な観点から見てもおかしいと理解していたから、僕は一生涯だれにも打ち明ける事無い、大きな秘密としてこの感情を抱え込んだのだった。
誰にも知られてはいけない、僕だけの秘密として。




「っ、!」

ひくんと震えた体をどうにか抑え込んで、さっきよりもきつくシーツに歯を立てた。ぎりぎりと歯ぎしりさえ聞こえそうなほどに噛み締めれば、すぐ後ろ、耳に直接吹きかけるように強情だね、と楽しげな声が落とされる。

「んっ……ん、ん……」

ぶるぶる震える体はまるで自分の言う事を聞いてくれず、ぎゅっと両手でシーツを握り込んで未知の刺激に耐える。くちくちと自分の下腹部から聞こえる水音が、わけもなく、僕の羞恥心をこれでもかというほどに煽った。


中学三年生に進級してしばらく。高校は、彼と同じ所に行きたいと思っていた僕は、その旨を素直に両親に告げた。(もちろん、行きたい理由は彼の母校であるから、というのは伏せて話したけど)
僕の意思を基本的には尊重してくる両親は、それが貴方の望みならと特に反対もせず、むしろ応援する姿勢まで見せてくれて、そこまでは良かったのだが、良くなかったのがそこからだ。
そういえばいざくんも同じ高校だったわよね、と呟いた母にぎくりとしながらも、まさかなあと思っていた僕は、次の日母に告げられた言葉に冗談抜きで眩暈を覚えた。

「家庭教師、お願いしたから」

実際の先輩に教わった方が塾に行くよりも確実よ、と朗らかに笑った母を、その時ばかりはこれでもかという程恨んだ。まてまて、家庭教師って、つまりマンツーマンって事で、二人きりってわけで、っていうか会うの何年ぶりだと思ってるんだよ。混乱を極めた頭でどうにかでも迷惑じゃないかなあとやんわり拒否の意を示してみたが、いざくんもいいって言ってくれたわよ、なんて軽く返されてしまい僕はもう逃げ場を失った。
どうして。なんで。もう何年も会ってない、むしろ存在すら忘れているだろう年下の幼馴染の家庭教師なんか、彼は引き受けたのだろう。というか待って、僕は、どうしたらいいの。

彼への恋心は、消えたわけじゃない。そんなにすぐに消えるほど軽いものではなかった。でもきっと、何年も経過して僕が大人になれば、消えるんだと思っていた。だからそれまでは、いや例え消えたとしても、こんな気持ちを抱いてしまった事は秘密にしなければならなかったのに。
当の本人と顔を合わせてしまったら、自分がどうなってしまうかなんて想像したくも無い。

(いや、だな)

会えるのは嬉しいと思った。でも会いたくないと思った。後ろめたかった。だから、断ろうとも思ったけど断るに足る上手い理由を思い付けず、結局は自室に彼を招いて、勉強を教わる運びと相成ってしまったわけだった。

何年かぶりに見た彼は、もう立派な大人の人だった。成人しているから大人なのは当然なんだけど、僕の記憶の中彼とは一致しないほど、風貌も体格も大人びていた。赤味がかった瞳は鋭さを増していて、幼かったはずの顔立ちは綺麗に"男"の顔へと様変わりしている。艶やかな黒髪も相まって、美しいという表現が似合うほど、彼はかっこいい大人へと変貌していた。
久しぶりだね、なんて笑う彼の声は昔よりも低く、ああ声変わりしたんだと、また記憶の中の彼とはかけ離れていく。僕の知る彼の面影を見出す事はあまり出来なくて、変わってしまった彼と変わらない、昔のままの自分の間に明確な溝がある事に、どうしてかとてもショックをうけた。

けれど、顔を見た瞬間募った思いは、ああ、好きだなあ、と、それだけで、僕はいよいよ本格的に焦る事となる。意識した瞬間、彼の声も表情も、全てが僕の胸をざわめかせる原因となった。顔が赤くならないように、努めて冷静に振舞って、よろしくお願いしますと頭を下げる。彼はにこりと笑って、(昔と違ってその笑顔には若干、含む物があった)それじゃあ始めようかと部屋の中央に置いてあるローテーブルへ腰を落とす。僕も座ってテーブルの上に教科書やノートを広げた。

苦手な教科は、次の試験範囲は、前のテストはどうだった、色々な事を最初に聞かれて口ごもりながらそれに答える。答えた後に、それじゃあ苦手強化の克服からやっていってみようか、と彼はまた笑った。

「けど最初だからね、何が苦手でどういう問題が分からないのか、それを浮き彫りにするためにちょっとテスト形式でやってみよう」

言われるがまま、いくつかの教科の問題集を開いて総合問題が載っているページに鉛筆を走らせる。無言のまま問題を解いて、はいそこまでと声がかかって問題集を彼に渡す。暫くは彼が採点していたから無言が続いたが、採点し終わった後で彼は顔を上げてまた笑った。

「悪くないね。見た感じ応用は割と出来てるから、あとは基礎固めが必要かな。幅が広がればそれだけ応用できる材料も増える」

すごいね、と言われてありがとうございます、と慌てて俯いて答えた。

(誉められた……)

それから少しだけ苦手な傾向のある教科を絞って今後の勉強方針を決めて、そしてその日はそれだけで彼は帰って行った。
彼が帰ってから、ぼすりとベッドに突っ伏して、そして、最初に抱いていた不安が今は全く無い事に気がついた。それよりも、嬉しさだとか楽しさの方が圧倒的に勝っていて、どくどくと脈打つ心臓の音さえも心地いいと思うようになっていた。

好きだった。いや、好きだ。そんな彼と一緒の空間にいられるだけで、幸せだと思った。
数年ぶりだからぎくしゃくした感じになるだろうなと思っていたけどそんな事は無くて、だからまた彼と一緒にいられるのがとてつもなく嬉しかった。最初は恨んだ母だけど、やっぱり感謝しよう。また彼と会える切欠をくれたのだから。


それから二回、三回、と、彼は家に来て僕に勉強を教えてくれた。彼が家に来るのを楽しみに思うようになった自分もいて、僕は浮かれていたんだと思う。まるで恋する乙女だ。
秘密にしなければいけない恋心の事をすっかり忘れて警戒心すら薄れてしまった僕は、やはり無知で、ただの子供なのだと、いつものように彼を部屋に招き入れてから思い知った。

四回目の、事だった。










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