食料を買って、消耗品を買って、日用品を買って。
これでとりあえずは大丈夫だなと思って外に出る。時間を確認しようと携帯を開いたらメールが一件、入っていた。差出人は"折原臨也"。

(あれ?僕臨也さんとメアド交換なんかしたっけ)

いんや絶対していない。何故登録されているのか、原因を考えるのは怖いので止めておこう。
開くと、"ついでに買ってきて"という件名と、買い物リストらしき文面が表示された。

(……伊達眼鏡なんか何に使うんだろう)

用途不明の伊達眼鏡を御所望らしい。何考えてんだあの人。
それでもわざわざ買いに足を運ぶ僕は、臨也さんの言うとおり底抜けのお人好しなんだろうな。




「ただいま帰りました……」
「おかえりー」

控え目な声で部屋に入ると当然のように臨也さんから返事がきた。それだけで、ここが自分の家ではないような錯覚に陥る。背中がむず痒い。

「すいません、お待たせして」
「さすがの俺も腹へって餓死しそうだよ、まったく」

わざとらしく肩を落とす仕草にすいません、と謝った。
買い物袋から薬局で買った薬の類を出して、彼の前に腰を下ろす。携帯をいじっていた臨也さんは怪訝そうに僕の顔と薬の入った袋を見比べた。

「……何?」
「新しく湿布とか買ってきたんで、交換しましょう」
「わざわざ買ったんだ」
「はい、昨日の分で買い置きは切れたので。市販の物で申し訳ないんですけど」

無いよりはマシですから、そう告げた僕の顔を、臨也さんはしばらく無言で見つめていた。
じっと見られるのは気恥ずかしいんですけど。しかもいつもみたいに笑ってないし。そういえばこの人美形だったなと今になって思った。

「……それじゃ、お願いしようかな」

もしかしたら僕の目の錯覚かもしれない。
この時臨也さんが見せた微笑は、いつものとは性質がまるで違う、優しいものだった。




遅めの昼食を食べて、それからは別段何をするわけでもなく時間を使っていた。僕はパソコンを立ち上げてネットサーフィンに興じていたけれど、臨也さんは携帯を弄るのも疲れたのか畳の上で横になっている。
やっぱりまだ本調子じゃないのかなあ。痛みが引かないのかもしれない。
折角の平和な休日で自室でのんびりしているというのに、どうしてこうも落ち着かないのだろう。

「……君ん家の布団ってあんまりふかふかじゃないよね」
「寝苦しかったですか?」
「まあ多少は。でも贅沢言ってらんないし」
「そうしてもらえるととても助かります」

暇そうだなあ、臨也さん。でもそういえばこの人の職業は情報屋だ。ここに閉じこもっている現状では仕事が出来ないのだろう。パソコンもないし、携帯だけでは職業柄、不便そうだ。

「けどさ、布団が硬いのは百歩譲って許せるとしても、枕がアレなのは頂けないよ」
「あ、もしかして合いませんでした?」
「うん。すっごく」

客用布団がない部屋だ、当然のごとく枕だって客用はない。普段僕が使っている枕を提供したがどうやら臨也さんには合わなかったらしい。
昨晩は、あまり眠れなかったのではないだろうか。

「……って、何してるんですか」
「枕を探してる」
「僕の膝は枕じゃないんですけど」
「俺だって男の膝枕なんてごめんだよ。けどこの部屋、見渡す限り何もなさすぎだし」

だからって人の膝をいきなり枕にするのはいかがなものかと思います。

「あー……けどけっこういけるかも」
「あの、重たいんですけど」
「怪我人を労わると思って我慢してよ」

ごろりと膝の上で頭が転がる。臨也さんは僕の方を向いて目を閉じた。本気でこのまま眠るらしい。

(僕の膝を枕にして、臨也さんが眠ってる)

自分の体を視界に入れていると言うのに、とんでもなく他人事な光景のような気がした。

「帝人君」
「はい、なんですか」
「夕飯時になったら起こしてよ」
「足が痺れたらどうすればいいですか」
「気合で何とかして」

そのまま会話は途切れた。寝息が、聞こえる。まさかもう寝たのかこの人。
試しに彼の黒髪に手を伸ばしてみた。さらりとしたそれは僕の指の間から簡単に零れ落ちる。臨也さんが目覚める気配は、ない。

「本当に、昨夜は眠れなかったんだ」

僕の顔を見つめるぐらいしか暇潰しの方法がなかったのだ、よほど退屈な夜を過ごした事だろう。
そう思う必要はおそらくないのに、酷く申し訳ない気分だった。

膝の上で眠る臨也さんの表情は、心なしか穏やかでなんだか少しだけ嬉しくなったのはここだけの秘密だ。










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