「ん……」

携帯が着信を知らせるメロディを流し、その煩さに眠気が遠のいていく。布団から手だけを伸ばし枕元の携帯を手繰り寄せると、けたたましく鳴り響く携帯は新着メールが一件届いている事を知らせていた。差出人は臨也君で、あれ?と眠気が完全に抜けきらない頭が疑問を覚える。

(今日……まだ臨也君きてない)

携帯のデジタル時計を見れば、時刻は既に正午すぎていた。いつもならば昼前には勝手に上がり込んでまだ眠いと訴える僕の布団を剥ぎ取り無理矢理叩き起こす彼が、今日は来ていない。メールを開けば、起きてる?という件名と仕事で暫く顔を出せなくなるが早寝早起き三食ちゃんと摂る事、というなんとも母親の様な内容の文章が書かれていた。相変わらずの世話焼き振りにくすりと苦笑が漏れる。

「仕事、か……」

暫くって、どれくらいだろう。忙しいのだろうか。情報屋の仕事がどういうものなのか僕には想像もつかないけれど、危ない仕事もあるのだろうか。いつ、いつになったら。

「……馬鹿みたい」

普段は気にもしていなかった。臨也君が傍にいてくれるのが当たり前だった。ずっとずっと、ここ最近は彼が傍にいて、そしてぬるま湯の様な居心地の良さに身を置く毎日。
彼の事が好きだと自覚してしまったからか、臨也君が来てくれないという事実に途端心が冷え切っていく。落胆、というのだろう。こんなにもがっかりした気分を味わったのすら久しぶりで、本当に彼は僕に色んな感情を教えていく。
心配される嬉しさも、人を好きだと想う心も、好きな人に会えない悲しさも。

そして、彼を好きだと思う度に胸を突き刺す罪悪感も。

愛した女性、たった一人の女性。僕にとっての特別で、僕にとっての一番で、そのはずだったのに。そうでなくてはならなかったのに。
今はもうそう思う事が出来なくて、深い罪悪感にばかり捕われる。
好きなのに苦しい。好きでいたいのに辛い。

「いざやくん……」

携帯を握りしめる。会えない寂しさ。けれど会えないことで安心している自分がいるのも確かで、僕は枕に突っ伏した。

その日はそれからも何度かメールが来て、「ちゃんとご飯食べた?」とか「早く寝なよ」とか、そういう些細なメールの一つ一つに涙が出るほど歓喜した。「うん、わかってる」「もう寝るよ。おやすみ」そんな風に返信してはいたけれど、僕は気結局、ご飯を食べる事もせずにまた浴びるようにお酒を飲んで寝る事しかできなかった。




臨也君から、メールが来なくなった。

(いち、に、さん……)

パソコンの前に座りながら壁にかかっているカレンダーを眺める。眼鏡を外し、疲れた目元を擦った。
数えてみれば、臨也君が家に来なくなってから早十日、メールが来なくなってもう三日になる。今日も着信を知らせる事のなかった携帯は静かなまま、その本来の使用目的ですら果たす事も無い。臨也君がメールをくれなければ、この携帯が音を鳴らす事なんてほぼ皆無と言っていいのだ。つくづく自分が人との繋がりに薄い事を実感させられる。

(いそがしいのかな)

メールも出来ないくらいに仕事が立て込んでいるのだろうか。それとも仕事で怪我でもして動けないのか。もしくは、もしくは。
僕にもう、飽きたのだろうか。

好きだと言ってくれたのは彼だけど、ずっと好きでいてくれる保証も無い。僕なんて見ての通り、ただの引きこもりで社会に貢献しているような立派な人間でもない。お酒がないと夜も寝れない、外に出歩くこともしない、社会に適用できない底辺の人間だ。
臨也君は僕なんかのどこに惹かれたのか、それが未だに分からない。だからいつ彼が僕への興味を失ってもおかしくは無い。おかしくは無い、のだけど。

「……」

ちらりと時計を見上げる。もうそろそろ日付も変わる。けれど携帯はならない。静寂のみを室内に齎す。
パソコンをシャットダウンしてディスプレイの電源も落とした。携帯と小銭ばかりの財布と、後は部屋着のセーターの上からカーディガンを羽織った。部屋の鍵は何処だっけと探しながら、使用頻度の高くないマフラーを乱雑に巻く。

逃げたくないと思った。僕に真正面から向き合ってくれた臨也君から。
随分な遠回りをしたけれど、ようやく僕も気付けたのだ。臨也君のおかげで、分かったのだ。自分を愛してもいい、他人を愛してもいいのだと。
自分を愛する事はまだ自分で許せないけど、他人を愛する事は、出来る。いいや、したい。罪悪感は消えない、でも僕は、やっぱり臨也君の事が好きだ。好きで、好きで、どうしようもなく。

(くるしい)

人を愛する事は幸せで、そして同時にとても苦しいものでもある。遠い昔に忘れたはずの感情がまたひとつ、僕の中に蘇った。

靴を履いて、鍵を開けて、部屋を飛び出す。鍵をかけて、そうして、走り出した。


自分から誰かに会いに外へ飛び出すのも、随分久しぶりだ。










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