お酒を浴びるように飲んで泥酔しなければ眠れなくなったのは、夢見の悪さが原因だった。
夢の中で繰り返される映像。ビデオテープのように、何度も何度も再生される映像。


のどかな公園。暖かい日差し。遊び回る子供達。その一角を濡らす、真っ赤な鮮血。
血の海、人の悲鳴、絶叫、鉄の匂い。
倒れているのは、あの人は、彼女は。








「っ、うぁぁぁあぁっ!!」

がはりと飛び起きた。布団を跳ねのけはあはあと息をする。呼吸が苦しく体全身が汗まみれで気持ち悪い。寝室は当然の事ながら薄暗く、カーテンから覗く夜空の濃さが今の時間帯は深夜である事を物語っている。

(っ、だめだ、いやだ、)

頭から焼きついて離れない映像。何度だって蘇る彼女の死に際。そうだ、だからお酒が無いとだめなんだ。右も左も分からなくなるくらいに飲まないと、意識がすぐに悪夢に塗り潰される。まるで忘れる事を許さないとでも言うように。僕の罪をぎりぎりと、痛みを伴って脳に刻みつけていく。

「帝人さん、」
「っ、あ、……っ」
「帝人さん、落ち着いて」

ぎしりとベットが軋み体温が僕の頬に触れた。目元を拭われて、僕は泣いていたんだとその時になってようやく気付く。

「い、ざ、や……」
「そう、俺。帝人さん落ち着いて。深呼吸できる?」

肩を抱かれて背中を優しく摩られた。過呼吸になりかけていた息が徐々に落ち着いていき、どうして臨也君がこんな時間なのにここにいるのか、よやくその程度の思考が出来るくらいには落ち着いた。
でも消えない。瞼の裏を真っ赤に染め上げる残像は消えてくれない。今目を瞑れば、すぐに先程の映像に頭も心も支配されてしまう。

「ぼ、く、」
「うん」
「僕が、ころした……っ」
「、」
「あの人をっ、僕が、殺した……!」

チューリップがたくさん咲いている、都内にしては綺麗な公園だった。このマンションに越してくる前、彼女と二人で住んでいた一軒家からはそう遠くない場所にある、僕と彼女のお気に入りの散歩コースだった。
晴れた日で、空は青くて、近所の子供がブランコで遊んでいた。公園の隅のベンチに腰掛けていた僕は、彼女を残してベンチから離れた。公園の中央に設置してある自販機で、飲み物を買ってこようとした。

そうして耳に届いたのは、コンクリートと金属が激しくぶつかり合うような音と、悲鳴だったのだ。

振り返った先に広がる血の海に、彼女は居た。先程まで笑っていた彼女の命はなんとも呆気ない形で失われる事になる。そう、不運な事故だった。ハンドルを切り損ねた大型トラックが公園に突っ込んできて、たまたま道路の傍のベンチに座っていた彼女が巻きこまれただけの、不運な事故。

「僕が、あのひとをっ……僕が、傍を離れたからっ!」
「それは帝人さんが悪いわけじゃないだろ?例え帝人さんが傍にいたとしても、」
「ちがうっ、ちがう……」

瞳から水滴が溢れ、伝っていく。意識が混濁している僕には分からなかった。自分が今何を叫んでいるのか、誰に罪を吐露しているのか。ただ許しを得たかったのかもしれない、ずっとずっと頭から離れない映像から、彼女から許されたくて、その一心で。

「妊娠、してたんだ……」
「え……」
「もう少しで、産まれる予定だったのに……僕が、二人とも、殺したんだっ……!」

身ごもっていた彼女は出産間近だった。だから、突っ込んでくるトラックの存在に気付けても瞬時にその場から動く事が出来なかったのだ。
僕がその場にいれば、傍を離れなければ、結末は変わっていたはずだ。彼女と、日の光を見る事すらかなわなかった子供の二人共を死なせる結果にはならなかったはずだ。

「……帝人さんが眠れなかった理由は、それなんだ」
「だっ、てっ、ぼく、ぼくっ……」
「うん、いいよ。いっぱい泣きなよ。死んだ人にとって、自分のために泣いてくれる人は何よりの救いだろうからね」

ただ縋るしか出来なかった。目の前の体に。縋って泣いて、僕はまだ夢の中にいた。これも夢なんだと、臨也君が目の前にいるのも夢なんだと、泣きながら混濁した意識でそう思った。
だから、せめて夢でだけは。

懺悔と後悔と、そして許しを。

「今は、俺がいる。だからもう、一人で泣かないでよ」








(あ、れ……)

二日酔いだろうか、頭にがんがんと鈍痛が響く。ベッドの中でもぞもぞと動くと、すぐ傍に人の気配がした。見れば、床に布団を敷いていたはずの臨也君がどういうわけか、僕のベッドに突っ伏して寝ているではないか。しかも僕の右手を強く握り締めて。

「……寝相、悪かったんだ」

これは意外な一面を発見した。昨日の夜、突然「今日は帝人さんに家に泊まりたい」なんて言い出した臨也君のために布団を押入れから引っ張り出したというのに、これでは意味がないではないか。

(あれ、でも……)

昨晩は珍しく、怖い夢を見なかった気がする。いや、怖い夢を見ていたのだけれど、それが途中から酷く安心する夢に変わった。
もしかして、臨也君が手を握ってくれていたから……だろうか。

「…………」

のそのそと自分にかかっていた毛布を一枚剥ぎ取り、臨也君の体に被せた。握った手は解かないまま、再び枕に頭を埋める。
だって力が強すぎて解けないから、そう心の中で言い訳しながら、安堵する温もりに目を閉じた。











「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -