「ニート、」
「は?」
「情報屋って、つまりニート?」

些細な疑問だった。本当に些細な疑問だ。仕事はしていると言っても臨也君が僕の家を訪れる頻度はほぼ毎日で、僕のためにせっせと食事を作ったり雑談したりで彼が仕事に時間を割いている姿を僕は見た事が無かった。自宅でやっているのかとも思ったが、臨也君は僕の家への訪問頻度も高ければ滞在時間だって長い。いつ仕事をしているのだろう。名前を聞けばかっこいいなあと思うのだが、情報屋の実態とはつまりニートではないのだろうか。
そういう思考回路の下そういう結果に辿りついた僕が導き出した答えを声として発信すると、臨也君はものすごーく嫌そうな顔をして割と強めに僕の頭を叩いてきた。

「いたっ」
「あのさあ、帝人さん俺の事なんだと思ってるの」

痛かった。平手だったけど痛かった。今絶対半分は本気で叩いてきた、この人。

「前も言ったよね、俺は素敵で無敵な情報屋さんだって」
「……でも僕、臨也君が仕事してるとこみた事ないし」
「仕事よりも帝人さんの方が大事だからね」

(……また、だ)

この人は僕に対しての飴と鞭の使い分けが、相当に上手い気がする。さっきは割と本気の力強さで人の頭を叩いてきたのに、今僕の頭を撫でる手つきは先程の掌とは違って温もりと優しさに満ちている。誰に対してもこんな感じなのかなあと考えてみるが、この使い分けの巧みさが彼に惹かれてしまう要因の一つなのかもしれない。

日に日に、臨也君が傍にいる生活を"当たり前"として捉えるようになった自分がいる。
このままではいけない、甘えてはいけない、そう思う理性とは裏腹に、彼が傍にいないつい先日までの自分が曖昧にしか思い出せない自分にぞっとした。この人はどこまで僕の中に入ってくるつもりなんだろう。
どこまで僕を甘やかすつもりなんだろう。

「まあ、実を言えば割と忙しいんだよね」
「え、」
「今はそんなに大きい仕事は無いから携帯あれば事足りるけど……やっぱりパソコンくらいはないとなあ」

自分のマグカップに口を付けてコーヒーを啜る臨也君は独り言のようにそう漏らす。
余談だが、彼が使用しているマグカップはいつの間にやら臨也君がこの家に持ち込んだものだ。彼は割と勝手に私物を持ち込んでは僕の家に置いていく。歯ブラシも、実を言うと僕の分と彼の分の二本が今では洗面台に仲良く並んでいたりする。
特に気にも留めなかったけれど、やはりそれだけ臨也君の存在が自身にとって当然のものとなっているのだろう。自分の事なのに、他人事のようにしか思えないけれど。

「ね、今度からノートパソコン持ち込んでもいい?」
「別にいいけど……」
「っていうか俺がこの家に引っ越してきちゃえば話は早いんだけどね」

ぎょっとして臨也君を見上げた。パソコンの前、キャスター付きのチェアに腰掛けていた僕の後ろで、ソファの背もたれに寄り掛かりながら僕を見つめる臨也君の表情は笑顔だ。完璧すぎる笑顔。好意以外の何物も読み取れない、笑顔。
その言葉が彼の本心だったのかなんて、分からない。
臨也君の言葉はどれが本心でどれが心にもないただの社交辞令としての言葉なのか、判断がつかないから厄介だ。基本的に自分の心を隠す事に長けているのだろう。

(僕を好きだ、っていうのは本当みたいだけど……)

なら今の言葉は本心だろうか。あるいはただの思い付きか。
臨也君の気持ちに応える事は、僕には出来ない。なのに、今僕は何と思ったのだろう。なんと返そうとしたのだろう。

臨也君が引っ越してきてくれたら、それも、悪くないかも、なんて。

「……気のせいだ」
「え?なにが」
「……なんでもない」

くるりとチェアを回転させてパソコンに向き直った。背後から臨也君の視線を感じる。
何故かその日は、彼の事を意識してしまって仕方なかった。











「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -