気持ちの整理がつかないまま、数日が過ぎる。太陽が昇り、日が沈んでまた太陽が昇る、その繰り返しをただ家の中で眺め続けていた。
ぐるぐる、ぐるぐる。頭を巡るのは臨也君の事ばかり。答えの出ない自問自答を繰り返しては泥沼にはまりの堂々巡り。

(ご飯、最後に食べたのいつだっけ)

元から三食きちんと取るような生活はしていない。食べると言っても出来合いの総菜だったりパンだったりゼリーだったり、酷い時は一日を水とお酒だけで過ごす事もある。自分の生命維持に関しては無頓着で、よく臨也君にもお小言を言われていたっけ。

「あ……」

そうか。
僕、あの日臨也君とご飯を食べに行った日から、何も食べていないんだ。
どうりで眩暈も頭痛も酷いと思った。

(いつもなら)

いつもなら、外に出れば臨也君と出くわして立ち話をして、また食べていないんだろと説教みたいな小言を聞かされて、仕方ないからと言いながらも彼はご飯を作りに来てくれる。いつもなら、ご飯を食べに行かないかと誘いのメールが来る。いつもなら、ちゃんと寝ているのか心配してくれる。
いつもなら、

(そっか……)

臨也君は、ずっと僕の傍にいてくれたんだ。外に出て臨也君と出くわすのは、多分偶然なんかじゃなかったんだろう。臨也君はわざわざ偶然を装って僕に会いにはてくれていた。僕の事を心配して、僕の事を気遣って。
僕の事が、すきだから。

「臨也君……」

久しぶりの感覚だった。人から心底心配されている、それに気付いた瞬間、胸に灯ったほのかな温かさは三年前に壊れて無くなってしまった温もりと似ている気がした。不快感や戸惑いは無い、とくとくと脈打つ自分の心臓がようやく自分のものだと実感できる。今まで他人事でしかなかった体の感覚が、少しだけ蘇ってくる。

不意に室内に鳴り響く携帯の着信音。発光するディスプレイが薄暗闇の中輝いて、僕はこの時になってようやく既に日が暮れている事に気がついた。
睡眠不足や空腹やらで動かすのが億劫な腕を伸ばす。手繰り寄せた携帯の光すら目に染みたが、メールの差出人を見て僕はがばりとベットから飛び起きた。

新着メール、折原臨也。
「マンションの下、出て来れますか?」と、それだけが内容だった。

ずり落ちながらベットから下りると、ふらふらする体を引きずって部屋を飛び出した。鍵をかけ忘れたことにも気付かないでエレベーターに飛び乗る。一階までの距離が、やけに長い気がした。

「いっ、ざやっ、くんっ!」

エントランスの外に出ると、すぐ傍の街路樹に背を預けて立っている臨也君がいた。乱れた呼吸を整えながら彼に近づくと、臨也君は街路樹から背を離し、僕と真正面から向き合う。
その瞳の力強さに、気圧された。

「……正直、出てきてくれないかと思った」
「……ど、して?」
「どうしてって……あんな事した後だしね。軽蔑されたかも、って思って」

臨也君の顔にははっきりとした疲労が滲んでいる。もしかせずとも、彼もあまり眠れていないのだろうか。僕が臨也君の事を考えていたみたいに、臨也君も僕の事を考えていたのだろうか。

「……軽蔑されても嫌われてもいい」
「え、」
「ただ、帝人さんの事を好きでいる事は、許してほしい。傍にいさせて、っていうのは図々しいけど、せめてそのくらいは……」
「ま、まって臨也君」

臨也君との距離を詰める。そのコートの端を軽く掴むと、彼がびくりと震えあがったのが分かった。臨也君も恐れてるのだと、僕はようやく理解する。
深く息を吸った。言いたい事をちゃんと言えるように、彼の端正に整った顔を見上げる。

「僕は……自分で自分の気持ちが分からない。臨也君の事を、僕自身どう思っているのか、それがずっと、分からない」
「……」
「でも、僕、臨也君に心配してもらえるのは嬉しいし、臨也君にご飯作ってもらえるのも嬉しいし……臨也君と会えるのも、嬉しい」
「っ、帝人さん、それっ……!」

答えは出ない。分からないものは分からない。
だから、せめて今の自分自身の気持ちだけは、素直な感想だけは、嘘偽りなく彼に伝えたい。
真正面から好きだと告げ、そうして今もこうして、わざわざ僕とに会いに来て向き合おうとしてくれている臨也君から、僕は逃げたくない。

「彼女の事を忘れる事は、出来ないけど、」

僕の愛した人は、この薬指の指輪の人だから。けれど、それでも。

「臨也君がいなくなるのが嫌だ、って思うのは、我儘かな……」
「っ……!」

肩が掴まれる。あの日様に乱暴な力強さだった。けれど痛みは無い。まるで縋る様に僕に抱きついてくる臨也君の体は震えていて、僕はそっとその背中に指を伸ばす。

「俺、帝人さんの傍に居ていいの?」
「……こんな僕でも、いいのなら」
「いいに、決まってるだろ……!」

もしかしたら、彼はこの時泣いていたのかもしれない。その声が震えていたのが何よりの証だったが、実際に確かめる術は無かった。
ただ抱き合うだけのこの形が、壊れた心を癒していくようだった。

「奥さんの代わりでもいい、都合のいい男だって、そう思ってくれてもいい……帝人さんの傍に、居させて」

耳に直接響く心地いい音色は、その時はもう震えてはいなかった。ただ僕はうんうんと頷くだけで、微かに浮かんでしまった涙を隠すために必死だったのだ。

薬指の指輪は外せない。
それでも、虫のいい話だと言われても。

(この人を、手放せない)

人通りの少ない夜の通り。
抱き合う僕らは、ただ互いの熱に安堵するばかりだった。











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