学生時代から付き合っていた人と結婚した。
籍を入れたのは大学を卒業してすぐだった。その時はこれから待ち受けているだろう幸せな未来しか想像できなくて、僕は浮かれていたんだ。自覚はある。

別れとはいつも唐突で突然で残酷で、だからこそ人は出会いを大切にするものなのだと、何かの本で読んだのをその時になって僕は思い出した。無くしてから、人はその存在の大きさに気付くのだと。

彼女の存在は僕にとって想像以上に大きかったらしい。葬儀の後も胸に開いた風穴が埋まる事はなく、ただの虚無感ばかりにとらわれ放心していた。何も考えられない、考えたくない、彼女の事を少しでも思い出せば眦から涙が溢れ、止める術を僕は持たなかった。
いっそ後を追ってしまおうか、そんな風に思って何度も刃を手首に当てた。けれどそれすらも怖くて出来なくてまた泣いて、そんな日々の繰り返しだった。

長年バイトとして働き正規の社員になったばかりの喫茶店も辞め、家に引きこもり不規則な生活を繰り返す。ただ寝るか、起きているか、その二通り。まるで廃人のようだと思った。たった一人の人間がこうも自分の心を壊していくのかと、まるで他人事のように思うばかりだった。

臨也君と出会ったのはそんな頃。チャットで話をし、実際に会って、僕は少しだけ、生きるという事を再会した。ネット上の事ではあるが仕事を再開し、細々ながらも生計を立てるようになるまでには、回復した。それもただ引きこもっているだけにしても金は必要だから仕方なく、という考えからではあったけれど。
引きこもりの生活には変わりが無かったし夜はお酒が無いと眠れないのも仕方なかったが、それでもただ植物人間のように一日中塞ぎこむ事は無くなった。

(それは、多分)

臨也君の存在が、大きいのだろう。
臨也君は僕と外を繋ぐ最後の懸け橋だった。僕に声をかけ続け、擬似的ではあるものの僕が世界に一人切りではない事を主張し続けてくれていた。当時の僕は、本当に一人きりになってしまったという錯覚にとらわれ、ただ孤独の中に身を置くばかりだった。
彼がいなかったら、僕は本当に自分だけの世界に閉じこもったままだっただろう。仕事を再開しようだなんて事も思わなかったはずだ。

(僕は少なからず臨也君に救われていたんだ)

何も感じない、考えない。そうやって自分の心に殻を張って守ってきたが、そんな事は無かった。確かに臨也君という人間は僕の心の中にいるし、彼の存在が僕にとって大きいものであるのは事実だ。

多分、おそらく、彼は僕にとって大事な人、と呼べるのだろう。けれど結局、僕は分からなかった。臨也君が分からないのではない、自分が臨也君をどう思っているのかが分からない。
麻痺してしまった自分の心では自分の事すら満足に探れないのだ。

(確かに、怖かったし、ショックだった)

臨也君がずっと僕を好きでいてくれたという事、それに気付けなかった自分にショックだった。何故それがショックだったのだろう、何故苦しげな彼の表情に涙が止まらなかったのだろう。
それが分からない。肝心な答えに届きそうで、届かない。

「ぼくは、」

左手の薬指。視線を落とせばそこでは銀色のリングが輝いている。僕と彼女繋ぐ、今では唯一の指輪。

(この人を忘れる事は、出来ないけれど)

臨也君が傷つく姿も見たくないと思うのは、やはり自分勝手だろうか。











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