※年下(23)×未亡人(29)パラレル
※帝人が駄目人間で臨也のキャラが迷子









「あ、」

冷蔵庫を開けて、その中が驚くほど閑散としている事に気づいて愕然とした。お酒とつまみと、あとはミネラルウォーターしか入っていその惨状にがっくりと肩を落とす。最後に外に出たのはいつだったっけ。

(……一週間)

そうだ、多分一週間前。今みたいに冷蔵庫の中身が酷い有様になり渋々ながらも買い物に出たのが最後だ。こんな事ならお金をケチらずにもっと買いこんでおけばよかったと思うもそんな後悔、現状に置いて何の意味も持たない。
仕方なしに財布を手にとってカーディガンを羽織った。もう深夜といっても差し支えない時間帯だから、今日はコンビニで済ませよう。

(コンビニは高いからなあ)

明日はちゃんとスーパーに行かねば、そう決意して家を出る。それなりに立派なマンションの一室。玄関から一歩出れば冬の空気が肌を刺し、ぶるりと背筋が震えた。カーディガンだけでは薄すぎたかもしれない、せめてマフラーでも巻こうかとも考えるが、どうせマンションから歩いて数分のコンビニ行くだけである。今更余計な行動を起こすのも面倒で、そもそも買い物に行くのも面倒で、だが体だけは正直に空腹を訴えるから、仕方なしにこうして外に出るのだ。
別に空腹で倒れるのは問題ない、空腹で倒れて仕事が出来なくなるのが問題なのだ。

(……ああでも、それもどうでもいいかなあ)

いっそこのまま空腹のあまり動けなくなって寒空の下で眠る様に凍え死んでしまえたら、その方がずっと楽なのかもしれない。空腹時はいつもだが、本当にろくな考えが浮かんでこない僕の頭はおそらくもう壊れているんだろうと思う。頭と言うか、なんだろう、心とでも言うべき部分が。寒さも空腹も感じる、それは確かに自分の事のはずなのに、それをどうでもいいと思うのが僕の心だった。

エレベーターで一階まで下りエントランスを出ると、殊更強く夜風が身に染みた。もっと街寄りならば夜になってもにぎやかなのだが、所詮は住宅街だ、こんな時間に出歩いてる人間はいない。時折車が通る程度で、目的のコンビニも学生がたむろしてるなんて事はなく中に一人二人の客がいるばかりだった。

「いらっしゃいませー」

店員の眠そうな声を受けながら入る。暖房の温かさにほっと肩の力を抜くと、コンビニ内にいた一人二人の客であるうちの一人と目があった。というより、向こうがこちらに気付いた。

「あれ、帝人さん?」
「臨也君……?」

丁度会計をしていた所だったらしい痩身の男性。黒い髪色と黒いコート、そして赤味を帯びた瞳。僕よりも背の高い、一見すれば俳優をやっていますと言われても疑う余地のない秀麗な青年は、僕の数少ない知り合いの一人であった。

「こんばんは。珍しいね、こんな時間に出歩いてるの」
「こんばんは……今日はちょっと、夜食を買いにね」

会計を終えビニール袋をぶら下げた彼は僕の目の前に立つとあからさまに眉をしかめて見せた。

「どうせまた冷蔵庫の中身が空なのに気付かなかったんだろ」
「……」
「それにそんな格好で出歩いてさ。寒くないの?」
「寒いけど……家すぐそこだし」
「だからってこんな寒い日に、それも夜にそんな薄着で出歩くなんて馬鹿のする事だよ」

馬鹿、の部分を強調しながらそう僕を揶揄する臨也君の言葉は正論で、僕は曖昧な笑みを浮かべるに留まった。臨也君はまた呆れたようにため息をつくと、僕の顔を覗き込むようにその端正な顔を近づけてくる。

「顔色も良くないし……ちゃんと寝てるの」
「寝てるよ……臨也君、いつもだけど心配性だよね」
「帝人さんが危なっかしいからだろ、全く」

肩をすくめたその所作も酷く様になって、美形ってなにをしてもかっこいいんだなあとぼんやり思う。外見だけで見れば、臨也君の方がずっと大人に見えるのは仕方のない事だ。僕のこの童顔は生まれた時からの相棒であり、かれこれこの関係は二十九になった今でも続いているのだから。

「帝人さん、今から家に行ってもいい?」
「え、」
「卵と野菜買うからさ、簡単なものでよければ作るよ」

今はコンビニである程度の食材がそろうから便利だよね、なんて笑う彼に申し訳ないなあと思ったけれど特に断る理由も無かったため、僕は彼の言葉に頷きで肯定を示したのだった。




臨也君、折原臨也と出会ったのはもう三年も前だった。いや、実際に顔を突き合わせたという意味での出会いは二年ほど前である。三年前、顔は知らないけれど僕たちはネットの世界、つまりはチャットで初めての邂逅を果たしたのだ。
当時の僕はその時に勤めていた仕事を辞め家に引きこもる生活が続いていたから、自然とネットをやる時間は多かった。そんな中で見つけた一つのチャット。そしてそこで出会った折原臨也という男。
彼は不思議な人だった。僕が顔を出せばかなりの確率で彼もログインしているし、仕事はしていないのだろうかと聞くと情報屋なのだと答えられた。だからなのか、彼の提供する話題は多種に渡り、興味深い内容のものばかりだった。池袋にまつわる噂、都市伝説、そして彼自身の話術とでも言うべきか、ただの文字の羅列ではないこちらを引きこむ様な魅力が、彼にはあった。
全部が全部、不思議な人。聞き上手であり話し上手であり、そして博識でありユーモアにも富んでいる、そんな人。
彼から実際に会ってみないかとの話を持ち出されたのが二年前。互いに池袋近郊に在住しているというのは知っていたから、ならばオフ会でも、とそういう流れになったのだ。

「初めまして、田中太郎さん」

実際に会って、まずはびっくりするくらい美形だったのに驚いた。イメージ通りと言えるような、そうでないような感覚。本名を聞いた時は自分の事は棚に上げて変わった名前だなあとも思った。

それからチャットではなくメールでのやりとりが増え、顔を合わせる回数も増えたのは自然な流れだったのかもしれない。
臨也君はまさに神出鬼没なという言葉がぴったりな人で、朝だったり夜だったり前触れも無く僕の目の前に現れては去っていく。僕も外に出る頻度はそんなに高くないからあまり頻繁に出会う事はなかったが、それでも三回に一回くらいは彼と遭遇した。
そしてどういうわけかは知らないが、彼は僕に対して世話焼きだった。チャットで話をしている時にはそんなイメージ微塵も無かったのに、こうして今みたいにご飯を作りに来たり体調を気にかけたりしてくれる。もしかしたら下に兄弟でもいるのかもしれないと聞いてみると、妹が二人いるとの事だった。だからだろうか。

僕の方が彼より年上なのに年下の兄弟扱いされているのは、若干複雑な所ではあるけれど。

(不思議な人だよなあ)

人の事を揶揄したり揚げ足を取ったり、チャットではそういう感じで散々弄られてきただけに、実際に会ってみた時のギャップは大きいものだ。それすらもこの二年で大分薄れてはきている。けれどやっぱり不思議だ。折原臨也という人間は、悉くに置いて不思議な人だった。

「はい、出来たよ」

テーブルに並べられたのはフレンチトーストとサラダ、後はコンソメスープだった。まるで朝食みたいである。「簡単なのでごめんね」と笑う臨也君はコンビニ袋からプリンも出してくれた。食後のデザートまでばっちりとは、さすがだ。

「僕こそごめんね。こんな遅くにわざわざ作らせて」
「いいよ、俺が好きでしてるんだし」

スープを一口飲むと温かさが身にしみる。先程の外出で冷え切った体にはじんわりとした温かみだった。美味しい、と漏らすと臨也君は綺麗な顔で笑んで見せる。

「そ、よかった」

料理も出来る美形、だなんてなんだか反則だなあ。スープを啜りながらそんな事を考える。なんだか頭がぼんやりするのは暖かさで気が緩んだからだろうか。

「臨也君は、」
「うん?
「不思議な人だよね」

呟くような、むしろ独り言の様な呟き。彼はぱちぱちと瞬きをした後微妙な顔をした。ちょっと何だか、苦しそうな顔。それも一瞬で消えてしまい、僕がその表情の意味を尋ねる事は出来なかったけれど。

「帝人さんも相当変わってると思うよ」
「そう、かな」

スープをこくこくと飲む。臨也君はなんでこんなに僕に構うのだろうか。考えても答えは出なかった。




(どうでもいい、けど)

そう。所詮全ては、"どうでもいい"事なのだ。











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