帝人が誘拐されたあの事件から二週間程度が経過した。その間は怪我の事もあり折原組お抱えの医者から絶対安静ときつく言いくるめられていた帝人は、この二週間の大半を臨也の自室で寝て過ごしていた。
退屈と言えば退屈であったが、後始末に追われながらもちょくちょくと様子を見に来てくれる臨也や部屋のすぐ傍で控えている静雄が話し相手になってくれていたため、それなりに退屈は払拭されていた。
だが、療養の間、膨大すぎる時間の中で感じていた事の大半が退屈だったのかと問われるとそうではない。むしろある一人の人間の事をただひたすらに考えていたような気がする。帝人の思考を支配するのはいつでもたった一人。

臨也だ。

以前とはまるで違う、臨也の事を考えるだけで胸が苦しくなり悲しくもないのに涙がでそうになる。彼の事を想い浮かべる時間が、極端に増えたのだ。
今までこんな事はなかった、と帝人はここに来たばかりの頃を思い返す。死ぬ事ばかりを望んでいた自分には信じられない、心の変化。
臨也に変えられてしまった帝人の体と心。

帝人はもう、自分のこの気持ちが"愛情"というものであると理解していた。静雄に尋ねられた時には分からないと答えたその感情が、今でははっきりと分かる。
人に焦がれるというのは、とても苦しく、そして幸せな事なのだ。

(臨也さん……)

今まで知りえなかった自身の気持ちを、帝人は大いに持て余していた。どうすればいいのか、どうするべきなのか、そもそも何もしないべきなのか。この苦しい気持ちをどう自分の中で処理していいのか、分からない。

帝人は寝具から抜け出すと、そっと部屋の襖を開けた。縁側に腰を落ち着け、煌びやかな庭を見渡す。最近は怪我も大分癒え、庭程度までなら出ていいと言われていた。のどかな空気が辺りに広がる庭は、とてもじゃないがこの場所を折原組という危険な場所とは連想させない。
目を閉じる。風の音や鳥の声に耳を欹てていると、廊下の先から足音が聞こえてきた。

「帝人?」
「静雄さん……」

姿を見せたのは自分の見張り役である静雄だった。煙草でも吸いに行っていたのだろうか、彼は帝人に気を遣ってか帝人の傍で煙草を吸う事はしない。
静雄は真っ直ぐにこちらに歩み寄ってくると、帝人の隣に胡坐をかいて腰を下ろした。

「怪我、どうだ」
「あ、はい……大分、いいです」
「そうか」

静雄はよく喋る方ではない。帝人もそれは同じだ。だが静雄と共有する時間は沈黙さえもが心地よく、帝人の心を温かくする。自分は静雄の事が好きなのだと、そう実感する瞬間だった。嫌いな相手とでは、沈黙が居心地悪くてたまらない、つまりそう言う事なのだ。

(でも、ちがう)

静雄の事は好きだ、けれどそれは臨也に抱く好意とは全く違う性質のものだった。やはり臨也だけが、帝人の特別なのだと嫌でも実感する。

「あ、の、静雄さん」
「なんだ」
「前に、臨也さんの事が好きなんだろ、って、僕に聞きましたよね」
「あー……きいたな、うん」
「えっと……どうして、ですか」

尋ねると、静雄はこちらを見て驚いたような顔をした。サングラス越しのため目元をはっきりと窺う事は出来ないのだが、驚愕の類の表情が広がっている事間違いないだろう。そのくらい分かりやすい反応を静雄は示した。

「……そりゃ、見ててそう思わねえほうがおかしいだろ」
「え?」
「分かりやす過ぎるっつーか……そうとしか見えないっていうか……」

静雄は上手い言葉が見つからないのか、視線を宙に彷徨わせながらあーとかうーとか唸っていた。対する帝人は予想外すぎる言葉に、驚きはしたがしかし納得もした。
つまり、自分は自覚する前から臨也に恋をしていたという事だ。それはもう、他者の目から見ても分かりやすいくらいに。

「……静雄さん」
「あ?」
「前に、好きっていう気持ちはよく分からないって言いましたけど」
「……ああ、言ってたな」
「今なら、僕、分かります」

静かに息を吸い込んだ。静雄の方を見つめると、帝人は迷いなくその言葉を発する。

「臨也さんの事、僕、好きです」

言葉にしてしまえば、それはもう後は自然に帝人の中に染み入るだけだった。苦しいし胸が締め付けられる痛みもあるが、臨也を好きだと思うこの気持ちはどこか温かく、そしてやはり幸せを帝人に齎す。

「……そっか。よかったな、分かって」
「はい」

静雄はサングラスの奥の瞳を優しげに細めると、帝人の頭をゆっくりとした手つきで撫でた。掌の温かさを感じながら、帝人はぽつりと続ける。

「前までは死にたいってしか思ってなかったんですけど……今は、臨也さんに捨てられる事の方が、死ぬ事よりも怖いです」
「……帝人?」
「臨也さんから拒絶されたら、僕は……」

その先は、言葉に出来なかった。

死にたいとそればかりを願っていた。ただの玩具にされる方が、死ぬ事よりよっぽど辛く厳しいとそう思っていた。けれど、今は違う。今はもう、そうは思えない。
帝人は怖かった。ただ足を開かされる事よりも、臨也から見放され、捨てられ、傍に居られなくなる事が。それが、死ぬ事よりも怖い。もしそんな時が訪れれば、帝人はもう死ぬしかない。

帝人にとっての世界は、いつの間にか臨也だけになっていたのだ。

「……そっか」
「はい……」

静雄は何も言わなかった。ただゆっくり優しく、帝人の頭を撫で続けていた。
帝人の心の内を察したのか、ただ無言で幼子にする様に、静雄は手を動かす。そして帝人も、その心地よさを目を閉じて受け入れていた。




少し離れた場所から、臨也がその光景を眺めていたとは気付かずに。











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