ばしゃりと水のかけられた感触に噎せこんで、帝人は目を開ける。何だか少し前にもこんな経験をしたなと思いながら意識を浮上させた帝人の視界に広がるのは、最近になってようやく見慣れてきた臨也の私室ではなかった。

「あ……え……?」

ただ白く冷たいコンクリートが四方を覆うだけの部屋。いや、部屋というよりは独房と言った方が近いかもしれない。高い位置にある小さな子窓だけが唯一外と繋がる経路で、何度あの窓によじ登ろうとして自身の指先を傷つけた事か。

(あ……)

ぶわりと全身に恐怖が蘇る。後ろ手に腕が縛られているようでまともに身動きは取れなかったが、帝人はがたがたと体を震わせた。
臨也の私室なんかよりもずっとずっと見覚えのある、部屋。地下に造られた、まさに外界と遮断された空間。

帝人の苦痛の日常の、舞台。

(い、やだ……)

どんなに泣いても縋っても、懇願しても聞き入れてもらえない。ただ足を開かれて犯されて、好き勝手に体を蹂躙される。何人もの男に、酷い時は一日中この未成熟な体を良いように嬲られた。拒絶も拒否も抵抗も許されない。

犯されるためだけに生きていた、毎日。

「久しぶりだなぁ」

頭上から降ってきた声に、帝人は大袈裟に肩を跳ねさせた。そしてこの時になってようやく、この部屋に自分以外の人間がいる事に気がつく。

「……な、んで……」
「なんで?おいおい、折角の再会だってのにその言い草はねぇだろうよ」

帝人のすぐ傍に立つ男、忘れるはずもない。帝人の両親を殺し帝人をこの部屋に閉じ込めた張本人。少し前まで帝人が"飼われて"いた組織の、長だった。

「てっきりお前、あの折原に殺されたもんだとばっかり思ってたんだがなぁ。まさか生きてて、しかも今度は折原に飼われてるなんて思いもしなかったぜ?」

この男だけではない。視線を巡らせると、室内には他にも数人の男たちがいた。皆一様に見覚えのある顔ばかりで、帝人を執拗に犯していた連中である。
おそらくこの部屋の外にも見張りが何人かいるのだろう。室内だけで六人程度、縛られたこの身体では逃げ切るなんて到底不可能だ。もし縛られていなかったとしても、帝人の脆弱な力ではこの状況を打開する事は出来なかっただろうし、そもそも、今の帝人にまともに体を動かすだけの余裕すらない。恐怖が全身を支配して、まるで筋肉が委縮してしまっているかのように動かなかった。

「どうやってあの冷酷無比で有名な折原に取り入った?また足でも開いたか?はっ、とんだ淫売になっちまったなぁお前」
「っ……」
「俺達はてめぇがしくじったおかげで散々だったってのになぁっ!」

声を荒げながら男は容赦なく足を振りかぶり、帝人の鳩尾を手加減なく蹴り上げる。帝人の軽い体はそれだけに微かに吹っ飛び、壁にぶつかって転がった。

「っ、ぅぁ……」

痛みに呻く帝人を、しかし男は休ませない。そのまま何度も体を踏みつけられて、帝人は必死に歯を食いしばる。

「てめぇは何なんだ!なんで今も生きてやがる!てめぇの失敗が原因で俺の組は潰されたってのになんでてめぇは今ものうのうと生きてやがんだよ!」

知らない、そんなの分からない。痛みをこらえながら、帝人は胸の内でそう男に返した。
事実、帝人は知らない。どうして臨也の命を狙った自分が生きているのか。どうして臨也が自分を殺さないのか。「生きて欲しい」と、何故臨也はそう言ったのか。
全部が全部分からない。ただ一つだけ薄らと理解し始めている事がある。それは、死を望んでいたはずの自分が、その死を恐れているという事。
もしもう一度以前の生活に戻るような事になれば、帝人は躊躇いく死を望むだろう。だがそう思う心とは裏腹に、その死を拒否する矛盾した気持ちも存在した。

(こわい……)

彼らが怖い。死ぬ事が怖い。変わってしまった自分の心が、怖い。

帝人が体の痛みと思考の奔流に涙を浮かべさせた頃、ぴたりと男の足蹴が止む。恐る恐る目を開けて見上げると、男はにたりと嫌な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。かつてはよく目にしたその笑みに、嫌な予感しかしない。

「まぁ、けど俺達もそこまで器の小さい人間じゃねぇ。実を言うともう海外にトンズラする準備は出来てるしここにも用はねぇんだ」

けどなぁと、不意に男の腕が伸ばされ帝人の前髪を掴み上げた。

「……てめぇをこのまま生かしとくってのも気にいらねぇ」

男が顎をしゃくり室内で待機していた他の男達に合図を送る。前髪は解放されたが、そのまま部屋の中央まで引っ張られて投げ出された。わけが分からず混乱している帝人に、最も実現してほしくなかった現実が襲いかかる。
それまで待機しているだけだった他の男達が、帝人の体を羽交い絞めにしたのだ。

「っ……いやっ!」

何をされるのか、それが理解できないほど帝人は愚かではない。ここでの生活を彷彿とされる状況に体が震える。案の定、だ。二人がかりで体を床に押さえつけられ、そして着物の前を乱雑に開かれた。見下ろしてくる男達のぎらついた視線と卑下するような笑みに、涙腺はあっけなく決壊する。

「ゃっ……いゃだ……やめてっ……」

蘇るのは忘れかけていた凄惨な光景。痛みと恐怖、苦痛、思い出したくも無い、けれど目の前で勝手に再生されていく過去の記憶。

「やだ……ごめんさいっ、やめて、くださっ……」

どんなに謝ろうと結果は見えている。彼らはにたにたと笑って帝人を見下ろした後、希望をチラつかせそしてそれを打ち砕くのだ。

「止めて欲しいのか?」
「っ……やめて、おねがっ……!」
「ははっ、ばーか!止めるわけねえだろ!」

ああ、やっぱり。

どこか諦めにも似た気持ちが湧きあがる。涙が止まらず、頬を濡らした。
かつてはただ泣きながらも受け入れるだけだった。抵抗が無駄だと知ってからは只管に苦痛に耐え抜いた。しかし、この三カ月で変わってしまった帝人にとって、ただ彼らの傍若無人な振る舞いを受け入れる事は、もう無理だった。

(い、ざやさん)

目の前に広がる現実。蘇る記憶。

(いざやさん、いざやさんいざやさんっ)

心の中に浮かんでくるのは、一人の男の顔だった。

帝人は気付いてしまった。どうして死が怖いのか。どうして死を望んでいたはずの自分がそれを恐れるのか。
臨也だ。彼の存在が、帝人に生への執着を植え付けた。

帝人が恐れるのは死ではなく、臨也の傍にいられなくなるというその事実。ただそれのみ。

「っ、やだっ、やぁ!やめて、はなしてっ!」

泣きながら必死に足掻いた。自分はもう、臨也以外の人間を受け入れられない。例え帝人が自力でこの場を脱する事は不可能であっても、抗わずにはいられない。

(いざやさんいざやさんいざやさん……!)

帝人は渇望した。全身全霊で望んだ。
折原臨也という存在を。気まぐれでも何でも構わない、臨也と過ごせるあの日々へ、あの日常へ帰りたいと、強く願った。

「うるせぇこのガキ!」
「ちったぁ黙ってろっての!」

帝人の足の間に体を割り入れた男が、帝人の頬を殴りつけた。口の中が切れたのか血の味がしたが、それでも帝人は叫ぶ事を止めない。

「こいつマジうっせえな」
「どうする、足でも撃っとくか?少しは大人しくなるんじゃね」
「どうせ結局は殺すんだからなあ。足の一本や二本、どうって事ないだろ」

ぎょっとした。男の一人が取り出し物は間違いなく拳銃で、あろうことかそれを帝人の右足にひたりと宛がってくる。先程までとは違う、性交渉ではなく純粋な痛みに対する恐怖に、帝人の顔は青褪めた。

「ゃ……ゃぁ……」

男達は相変わらず笑みを浮かべている。拘束された体は逃れられない。震える帝人をただ嘲笑うだけの彼ら。

(臨也さん)

最後になっても帝人の脳裏に浮かぶのは、やはり臨也の顔だけだった。
引き金が引かれる。

乾いた発砲音が木霊した。











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