蝉の音が煩い。けれど山林の中とあってか、さほど暑さは酷くない。森林の力って偉大だなあと思いながら山道を歩いていると、でこぼこした道に足を取られてしまう。

「うわっ」
「おっと」

傾いた体は後ろから伸ばされた腕に支えられる。無様に顔面から転倒する事態にならなくて、僕はほっと胸をなでおろした。

「花火の時も思ったけど、帝人君ってすんごく鈍臭いね」
「……すいません」
「いや、別にいいけど」

呆れたようにため息を吐かれ、僕は項垂れる他ない。この田舎に臨也さんと二人で来てから、彼に呆れられる回数が極端に増えたような気がする。いや、気がするのではなく、確実に。

支えてくれていた臨也さんの腕が離れていき、僕も態勢を立て直す。手にしていた紙袋を持ち直すと、それを臨也さんに奪われてしまった。

「俺が持つよ。こんな重いもん持ってるからふらつくんだ」
「え、でも臨也さんも荷物……」
「平気だよ、このくらい。少なくとも君よりは体力あるから大丈夫」

結局臨也さんから紙袋を取り返す事も出来なくて、僕はすいませんと小さく謝罪してから軽くなった体で再び山道を歩きだした。




歩く事十分程度。道が途切れ、急に開けた空間が目の前に広がる。ここが目的地だった。

「臨也さん、つきました」

振り返りそう告げると、彼は持っていた紙袋を下ろし、中から線香の束を取り出す。それと一緒に新聞紙も取り出して、少し離れた場所へ移動していった。その間に僕は紙袋からペットボトルを出す。開けた空間の一角、丁度のどかな街の風景を見下ろせるような位置にある墓石へ、ペットボトルの水をざばざばとかけた。

「帝人君、火ついたよ」
「ありがとうございます」

新聞紙を燃やして線香に火をつけた臨也さんが、その半分を僕に手渡してくれた。線香を墓石に添える。臨也さんも僕の後に同じように線香を置いて、そして暫く二人で黙祷した。
蝉の音が煩い。山から吹く風は冷たくて心地いい。

「……このお墓ってさ、誰のなの」

ぽつりと臨也さんが隣で呟いた。目を開けると、臨也さんは既に合瞳を開いて、ただじっと墓石を見つめていた。

「あの家の持ち主である伯母さんの、旦那さんです」
「って事は、帝人君の伯父にあたる人なんだ」
「はい。お彼岸の日は、伯母さんと一緒にお墓参りに来てたんですけど、今年は伯母さんが帰ってくるまで待てそうにないので」

ちらりと腕時計に視線を落とす。電車が出る時間まであと一時間も無い。

「ありがとうございます、臨也さん。付き合ってくれて」
「別に、帰るついでだし」
「お墓参りもそうですけど、僕の夏休みに付き合ってくださって、ありがとうございます」

今日、僕らはこの街を去る。僕はこのまま実家へ、臨也さんは新宿へ。今日、帰る。

臨也さんは立ち上がると荷物を抱え直した。僕も立ちあがって、中身の少なくなったペットボトルを抱える。

「帰りましょう、臨也さん」

僕らは墓石に、背を向けた。






「一つ、聞いてもいいかな」

帰りの電車にゆられている最中、臨也さんはそう切り出した。

「どうして俺を誘ったの」

夏休みに伯母さんの住むこの街へ遊びに来るのは、僕にとって毎年の恒例行事の一つだった。小さい頃からずっとそうしていたから、池袋に越して初めて迎えた今年の夏休みにも、こうしてこの土地にやってきた。
ただ、今年は僕一人ではなく、臨也さんも連れて。

「……えっと、なんとなくです」
「却下」
「な、なんでですか」
「ちゃんとした理由、あるんだろ?嘘はいけないなあ嘘は」

嘘つきの代名詞みたいな臨也さんにだけは言われたくない言葉だ。そもそもこの人は嘘を通り越して詐欺もやってるような人だから、尚更。

「ね、どうして」

けど、こうして真面目な顔で問いかけられてしまえば、黙秘を行使する事も上手い嘘をつく事も結局できず。

「……から、」
「ん?なんだって、」
「臨也さんと……一緒に、来たかったから」

ただ、夏休みの思い出作りに、なんて言ったら笑われるだろうか。

ちらりと隣を伺う。すると驚いた事に、臨也さんは赤味がかった瞳をまん丸に見開いて固まっていた。

「あ、え、あの……臨也さん?」

声をかけて肩を揺すると、ようやく反応を返された。

「……帝人君、夏休みの次は冬休みだっけ」
「え?」
「空けときなよ」
「は、え……?」

そんな今から冬の話をされても、と僕が戸惑っていると、臨也さんは僕の頭に手を乗せながら、笑った。

「思い出作りなんて、いくらでも手伝ってあげるからさ」

空調が効いているはずの電車の中で、僕は熱くなる頬を止められなかった。


電車の窓の外を流れる景色は、次第に田舎から遠のいていく。
長いようで短い、でもとても楽しいと思った、初めての夏休みだった。











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