激しい雨脚が容赦なく体を打ちつける。急に曇り始めた空から降り注ぐ雨粒は大粒で、肌を打つその感触は痛いくらいだ。ばしゃばしゃと足元の水溜りを蹴りながら、僕は臨也さんに腕を引っ張られたまま走り続ける。

「……っとに、急に降られちゃったね」
「そ、ですね……」

しばらく走った先で見つけた納屋のような掘立小屋の屋根の下に滑り込み、僕らはようやく一息ついた。臨也さんの足は僕に比べるととても速いので、それに引っ張られてきた僕の体力はもう空っぽだ。雨でぐちゃぐちゃに濡れてしまった服の不快感や濡れた感触に対する不快感よりも、まずは息を整える事の方を優先させる。膝に手をついてぜはぜはしている僕を見下ろす臨也さんの呼吸は大して乱れていないのだから、話の中って本当に不公平だと思った。

「大丈夫?死にそうな顔してるけど」
「だ、れの……せいだとっ」
「だって帝人君のスピードに合わせてらんないし」

水の滴る前髪を掻き上げながら、臨也さんはちっとも悪びれていない顔でそうのたまう。確かに臨也さんに非は無いのかもしれないが、非が無いとしても、彼の行動が適切だったとしても、もう少し言葉を選んでくれないだろうか。臨也さんは人の傷を平気で抉ってくるから、実はその臨也さんの的を射た歯に衣を着せぬ物言いには僕だって結構傷ついているのだ。
もちろん、直接そう口にするのはなんとも惨めなので絶対言葉にはしないが。

「少し雨宿りしていこう。多分通り雨だからすぐやむと思うし」
「はい……」

ようやく落ち着いてきた息の中でそう返事をすると、さらに雨脚が強まったような気がした。屋根を打つ雨の音が先ほどよりも強く大きくなって、遠くの方ではごろごろと雷まで鳴っている。

「……い、臨也さんっ」
「ん?なんだい」
「きょ、今日のご飯は何がいいですか?」
「……裏に住んでるおじさんからたくさん夏野菜を貰ったからそれで天ぷらを作ろう、って昨日言ってたのは帝人君じゃなかったっけ?」
「そ、そうでした……」
「……」
「…………」
「……あのさ、帝人君もしかして、」

その時だ。僕の瞳は確かに、曇天の空を走り抜ける一閃の稲妻を捉えた。その直後に、臨也さんの言葉を掻き消すような轟音が辺りにとどろく。

「――――!!」

ゴロゴロ!なんて擬音では表現しきれないような、むしろどっかで爆弾でも爆発したんじゃないのかと思わせるほどの爆音。そう、まさに爆音だ。空を割るようなそんな大きな音。地面が揺れたんじゃないかと本気で思った。

「……」
「……帝人君、もしかしなくても雷怖いんだろ」
「こ、こわくなんてないですよっ……」
「だったら離れてくんないかな」

臨也さんの呆れたようなため息混じりの言葉に、だがしかし僕は素直に従う事が出来なかった。
正直に言おう、隠したって仕方ないし臨也さんにはもう勘付かれてしまったし。ああそうとも、僕は雷が怖い。苦手だ。あの大きな音と前触れも無い鋭い光は、どうしたって好きになれない。いや、雷を好きな人っていうのも多分そう多くはないと思うけど。

だから、あれだ。突然の轟音に驚いて臨也さんの体にしがみついてしまったのは、不可抗力だと思って許してもらいたい。そして、雷の音が止んだ今も臨也さんの体から離れられないのは、まだ恐怖の余韻が残っているからだと察してもらいたい。

「怖いなら怖いって言えばいいのに……変なところで頑固だなあ」
「っ……だって、高校生にもなって雷が怖いとか……情けないじゃないですか」
「まあそうかもね」

臨也さんはとことん、歯に衣を着せる物言いはしない。躊躇なく、恐らく意図的に相手の傷を抉るような言葉を選んで発言する。それがどれほど僕を傷つけているかなんて知りもしないで。いや、もしかすると知りながらも敢えてそうしているかもしれない。

(さいていだ……)

こんな大人に、僕は絶対なりたくない。なりたくない、とは思うのだけど。

「……ほら、帝人君」

臨也さんの腰に回していた腕を剥がされ、引き寄せられたかと思うとあっさり体を正面から抱きこまれた。後頭部に臨也さんの大きな骨ばった掌が添えられて、ぎゅっと臨也さんの肩口に押しつけられるような態勢になる。腰を支える腕も、力強い。

「い、ざ、やさん……」
「最初から言ってくれれば、いくらでもこうしてやったのに」

こんな大人にはなりたくない。なりたくないとは、思うのだけど。

(ずるい……)

まるで雷から、雨から隔離するかのように僕を抱きしめてくれる臨也さんの事を、どうしたって僕は嫌いになれないのだ。どくりどくりと、合わせた胸の鼓動が僕を安心させる。
ずるい、と思う。でもそれと同時に、彼の事がすごく好きだとも実感してしまう自分が、僕はちょっとだけ腹立たしかった。


濡れた服も濡れた髪の毛も冷えた体も気にならない。
同じようにずぶ濡れの臨也さんと分け合う温もりが、酷く心地いい体温だった。











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