西の空を見上げた。
暮れかかった夕日が山並みの上の空を淡い朱色に染め、そしてその朱色の上にオレンジ、黄色が続く。自然が織りなすまさに芸術とでも言うべきグラデーションに、僕の視線は惹き付けられた。

田んぼに挟まれた砂利道を歩いていた僕は足を止める。日中は猛暑を振るっていた暑さも今は若干落ち着いていて、吹き始めた風がすごく心地良い。夏の空気と気温と季節、それら全てが混ざり合ったような匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。


もしかすると、僕は季節の中でも一番夏が好きかも知れない。夏休みがあるからとかそういうイベント事が理由ではなく、単純に季節としての夏が、好きだ。
正確に言うならば夏の夕暮れ、ちょうど今みたいな夕暮れ時が。

空が織りなす美しい色彩を眺めるのも、夏独特の空気を楽しむのも、すごく好きだ。清涼感とか哀愁とか郷愁とか、そういう類のなんとなく切ない気持になれるこの不思議な感覚。僕はセンチメンタルな気質というわけではないけれど、どうしてか、夏の夕暮れ時に見る空と感じる匂いは、僕の心をそう言った切ない気分に浸らせる。


そよそよ吹く夜の匂いを孕んだ風が髪を揺らしていった。遠くで鳴くひぐらしの声以外何も響くものが無くて、田んぼに挟まれた砂利道にも人の姿は無い。遠くにぽつぽつと民家が見えるだけの、静寂。
まるで世界に一人きりのような錯覚に捉われる。馬鹿げた錯覚ではあるが、不思議な事にこの時だけは寂しさを感じない。感じるのは孤独ではなく、むしろもっとこの時間を、この空間を感じていたいという願望。
世界を一人占めしたいという、強欲な願い。

やはり、夏の空気には人間の心を感傷的にする作用でもあるのだろうか。とにかく、今はずっとこの場に立ちつくして、僕一人だけの世界を、僕だけの空間を、夏を、感じていたかった。

「帝人君」

そんな僕一人だけの世界は、響いてきた別の人間の声によっていとも簡単に崩壊させられた。
振り返ると、いつもの黒ずくめの格好ではない、普通のTシャツに普通のジーパンという、普段の彼を知る僕からしてみたらおよそ彼らしくないと感じられる、普通の格好の臨也さんが立っている。普通ではない、彼らしくない格好のはずなのに、こっちに来てから臨也さんはずっとこんな感じの服装だから、僕はすっかり見慣れてしまっていた。

臨也さんはサンダルでじゃしじゃしと砂利を踏みながら、僕の方にゆっくりと近づいてくる。二メートルくらいの間隔を開けて彼は止まった。

「遅いから心配したよ。どこまで行ってたの?」
「すいません……少し、空を見ていて」
「空?」

僕の言葉につられるようにして、臨也さんも顔を上げる。既に朱色やオレンジ、黄色と言った暖色は空から消えていて、代わりに緑色と水色と藍色の、夜一歩手前のようなグラデーションに空は塗り潰されている。
漆黒に染まる前の、ほんの一瞬の空の色。空を仰いだまま、僕は口を開いた。

「僕、夏の夕暮れが一番好きなんです」
「そうなんだ」
「夕方から夜になる、そんな一瞬の時間がすごく好きで。つい、見惚れちゃいました」
「……確かに、綺麗だよね。自然の色とは思えないくらい」

臨也さんは赤い瞳を細めて、空から僕へと視線を移した。その合間にも空はみるみる色を変え、明るさはほとんど消え失せる。

「帰ろう、帝人君」
「……はい」

いつの間にか埋められていた、二メートル。自然な動作で僕の手を攫うと、臨也さんは砂利道をゆっくりと歩き出した。手を引かれて僕も止まっていた足を動かす。臨也さんのサンダルと僕のサンダルがじゃしじゃしという音を二重に奏でた。

緩く繋がれた掌が、ぎゅっと隙間なく指を絡めるようにして繋がれる。その掌の熱に、僕の口元は自然と弧を描いた。

僕だけの世界、とても大好きな夏の夕暮れ時。
でも、臨也さんと一緒に歩く夏の夜は、もっともっと、好きだと思った。











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