※静雄と臨也と帝人が兄弟




「あの、僕、臨也さんの事好きなんです」

どばどばと、茶碗にわけようとしていたみそ汁がフローリングの上に零れる。




朝食の席でのことだ。
今日も今日とて学校のある末っ子を叩き起こして食事の準備を進めていると、着替えを終えた三男がとたとたとまだ眠気の抜けきらない顔で階下に降りてきた。そのままテーブルに付いてぼーっとしていたかと思ったら、キッチンで朝食を作る俺の背に控え目に声をかけてくる。

「……静雄さん、相談があるんですけど」

やけに改まった、それでいてどこか思いつめたような声音で話を切り出した今年高校一年になったばかりの末の弟は、そうして俺が振り向くよりも早く冒頭のような爆弾発言をかましてくれたわけだ。
さすがの俺だって面喰ったさ。らしくもなく動揺して出来たてのみそ汁を盛大に零してしまうくらいには。




「……で、お前はマジで臨也の事が好きなのか」
「はい……」

とりあえずみそ汁を片付け朝食をテーブルの上に並べてから、俺は弟に改めてそう尋ねた。顔を若干赤らめながら恥ずかしげに頷く三男を見て、はあとため息をつきたくなった。親愛の意味での"好き"ではない事くらい、容易に窺える表情だ。

俺には弟が二人いる。
一人は二つ下の臨也。今年で大学三年生になったんだっけか、確か。理屈ばっかりをこねるお世辞にもあまり良い性格とは言えない、可愛げのない弟だ。正直あいつと俺の血が繋がっている事が未だに信じられなかったりする。
もう一人の弟が、今俺の目の前で白米を食べている帝人だ。今年になって高校に入学した、俺とは七つも年の離れている末っ子。

俺と臨也は列記とした血の繋がった兄弟だが、帝人は違う。元は家族ぐるみで付き合いのあった竜ヶ峰の家の一人息子だ。それこそ帝人が生まれる前からの顔見知りである。幼馴染みと言うよりもむしろ家族のような感覚で、よく三人で遊んだりもした。
その帝人の両親が事故で亡くなったのが六年前、帝人が十歳の頃だ。引き取り手は、いなかったらしい。施設に入れられるくらいならと、まだ幼い帝人を不憫に思った俺達の両親は養子縁組を決断したのだ。

そうして六年前のあの日から、俺達は兄弟になった。

元から家族のように接してきた間柄だ、抵抗はまるでなかったし俺も臨也も帝人が弟になる事をそりゃもう喜んだのを覚えている。実を言えば、帝人みたいに素直で可愛げのある奴が弟だったらなあと、若干憧れていたりもしたのだ。(それだけ臨也は酷かった。性格的にかなり破綻していた気がする。いや今もだが)
帝人が正式に平和島家の一員となった頃から仕事が忙しくなったらしく、両親は今現在は海外だ。実質兄弟だけの生活となってしまったがそれでもなんら生活に困る事はなかった。帝人は小さいながらもよく手伝いはしてくれるし臨也も臨也で少しは大人しくなったし。
俺もこの六年の間にすっかり家事のスキルが向上してしまった。いい嫁になれるんじゃないかと自分で思ってしまうくらいに。(前に臨也の前でそんな事を言ったら「シズちゃんを嫁に貰ってくれるのなんて鬼か悪魔くらいじゃない」と実に憎たらしい笑顔でのたまってくれやがった。もちろんその後は喧嘩勃発だ)

とまあ、そんなこんなでこの六年、それなりに上手くやってきた。帝人も元気に成長してくれてるし(若干小柄すぎるのが気になるが)、俺も仕事の方は上手くいっている、臨也もちゃんと大学行ってるしで取り立てて問題は無い。
平和な、そして平穏な毎日。


だが、その平和で平穏な毎日の中、帝人が臨也に対してそんな気持ちを抱いていたとは。
そしてまさかそれを俺に打ち明けてくるとは全くもって予想していなかっただけに、俺のこの日の驚愕は計り知れないものだ。

「こんなの変だって、可笑しいんだって、分かってるんです……でも、気付いたらそうなってて、どうしようも出来なくて……」
「……いつからなんだ?」

尋ねると帝人はふるふると頭を横に振った。箸はすっかり止まっている。

「いつからなのかも、よく分からないんです。自覚したのは一昨年くらいからなんですけど……」

俯いてぽつぽつと話す帝人はまるで悪い事をした後のように後ろめたい顔をしていた。
確かに、いくら血は繋がってないと言えど実の兄弟、しかも男にそんな感情を抱いてしまったのだ、それが一般的に考えれば異質なものだと分からないほど帝人は子供ではないだろうし、無知でもないだろう。人一倍真面目で純粋で真っ直ぐな帝人だからこそ、今の自分の気持ちと常識との間で苦しんでいるのは簡単に察することが出来た。

「それで、お前は俺にどうして欲しいんだ?」
「え?」
「俺にして欲しい事があるから打ち明けたんだろ」
「……怒らないんですか?」
「怒る必要がどこにあんだよ」

どこか恐る恐るといった様子の帝人にそう返すと、帝人はぎっと唇を噛んで俯いた。もしかしなくとも、こいつは俺に怒られるんじゃないかと思っていたのだろうか。実の兄弟に恋愛感情を抱いてしまった自分を拒絶されるんじゃないかと心配していたのだろうか。

(馬鹿だな)

そんな事、あるわけないのによ。

「俺はお前らが幸せならそれでいいよ」

暫く俯いていた帝人は顔を上げる。
泣き笑いの顔で、「ありがとうございます」とそう言った。




(さてと……)

帝人を学校に送り出してから洗い物を済ませ、つけていたエプロンを外す。一服しようと煙草に火を付けた。

帝人は、この家を出たいと俺に言った。こんな気持ちを抱えたまま臨也と同じ家で過ごす事に大分苦痛を感じているらしい。
もし気持ちを抑えられなくなったら、もしこの気持ちが知られて嫌われてしまったら。それがとてつなく怖いのだと、あいつは言った。

(それは多分ねえだろうけどよ)

帝人よりも臨也の方がよっぽど分かりやすい、俺はため息代わりの紫煙を吐き出した。
帝人は気付いていないのだろうか。ここ最近になって急に家を開けることの多くなった臨也の態度に。あからさまに帰宅時間を遅らせて家に帰らないようにしている。最近は一日戻らない、という日も結構ざらだ。
あれはただ遊びたいからとか俺に対する当てつけとかではない。

あいつは、帝人と顔を合わせないようにしているのだ。

そしてそれは恐らく、帝人が臨也に対して抱えているのと同じ感情が理由で。

(気付いてねえのは本人達だけなんだよな……)

全くもって手のかかる弟達だ。まだまだ世話が焼ける。

帝人があの話の後に俺に頼んだ事。それは、自分が家を出るという事を臨也に伝えて欲しいというものだった。自分からはさすがに言い出しにくいからというのが理由らしい。
まあ一応承諾はしてやったが、果たしてあの臨也が帝人のそんな願いを聞き入れるかどうか。

「……絶対許可なんかしねえな、あいつ」

ぐしゃりと煙草を灰皿に押し付ける。あいつ今日は何時に帰ってくのかなあと思いながら、俺も仕事に行くために上着を手に取った。










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