紀田君曰く、この学園のスポーツ大会で最も危険な種目は、バスケでもサッカーでも砲丸投げでも走り高跳びでもバレーボールでも無く。

リレー、なんだそうだ。

「まぁなんつーの?リレー競技がこの大会のトリなわけだからさ、当然皆気合十分なわけよ。それに点数もでけーしな、逆転狙うにしてももってこいの競技だ。けどだからこそこのリレー競技は激戦区になりやすい。勝てば優勝目立てりゃヒーロー、特に三年連中の当たりはこえーぞー?毎年何人もが重軽傷を負うってもっぱらの噂だしな。その分、この難易度マニアクラスの競技を勝ち抜いたリレー走者は英雄として崇め奉られるわけだ。まあ一年なんかは間違っても走者には選ばれないと思うけど、びびったりすんなよ帝人!」

以上、紀田君談。

何か色々と不審な点もいくつかあったので、学園内の事情や情報については馬鹿みたいに詳しい折原先輩にも一応確認を取ってみると、

「ああ、確かに怪我人は多いね。統計だけで見てもちょっと異常なくらいかな。まあ俺は見た事も出た事も無いから数値の上での見解しか言えないけど」

との事だった。
え、怪我人とかって統計とるもんなの?というのがその話しを聞いて真っ先に思った感想だ。先輩の情報もちょっと怪しい気がする今日この頃。

とにかく、情報元は色々と不安だけど危険だっていうのはよく分かった。
スポーツ大会の締めを飾るチーム対抗のガチンコレース、リレー。それぞれのチームから走者を何名か抜擢して、一人校庭を半周しバトンを繋いでいく。アンカーだけは一周まるまる走らなければならない。走者は学年問わずに自由。リレーにおける勝利の鍵というのはバトンパスの繋ぎだから、どれだけ連携が優れているかがポイントとなるのがこの競技。
らしい。

(連携か……絶対無理な気がする)

まだリレーは始まってもいないけど、僕はため息をついた。何だか結果が見えてる気がとてもするからだ。

「ノミの分際でリレーとか馬鹿言ってんじゃねえよ。ってか害虫はさっさと消えろ。死ね失せろ死ね」
「俺としては君みたいな単細胞がここで呼吸をしている事の方が信じられないんだけど。シズちゃんこそいい加減消えたら?正直すんごい目障りなんだよね」
「んなに目障りなら今すぐにでも手前の目を潰してやんよ」
「あとその短気なとこもどうにかしてよウザイ。ってか鬱陶しい、ってかやっぱウザイ」
「よし決めた手前はここで公開処刑決定だ誰が何と言おうがここをお前の墓場にしてやる」
「あはは、できるもんならやってみろこの木偶の坊」

毒舌というか、憎悪の塊というか、純粋なる悪意のみの応酬というか。なんだか聞いてる僕の方が怖くなってくる。何でこの人たちあんなに殺気ばりばりで会話できるんだろう。やっぱり異常だ、あの二人は。
と、まあこんな感じでリレーが始まる以前から余計な火花を仲間内で散らし合っているのは、言うまでも無く折原先輩と静雄先輩だ。ってか静雄先輩も折原先輩だけにはウザイなんて言われたくないだろうな。この二人が犬猿の仲である事は周知の事実であり、また口汚い罵り合いも恐怖を招く嵐のような喧嘩も日常茶飯事らしいので、同じ三年の先輩方の中に二人を止める者はいない。
どうやら折原先輩も静雄先輩もリレーの走者として選ばれていたらしい。それを知ったとたんこの睨み合いだ。というか今の今まで他の走者が誰なのかを知らなかったという事は、当然ながらバトンパスとかの練習もしていないんだろうこの人達は。多分絶対、スペックだけで選ばれたんだろうな。
ほんと、こんなんで大丈夫なのかなこのチーム。

(いや、きっと無理だ絶対勝てない)

リレー以前にちゃんとパスが繋がるのか、それ以前にこの二人がリレーに参加するのか、リレー以前の問題が山積みだ。
白チームにいるであろう本気で優勝を狙っている皆さんには申し訳ないけど、今年はきっと駄目だよ、白は。だってうん、こんなんだもん。
そろそろ走者はスタート位置に移動しないといけない頃合いなのに、二人は相変わらずいがみあったままだ。サッカーゴールが飛び交ったり流血沙汰の騒ぎにならないだけまだマシだけど、このままだとリレーが始められない。最悪白抜きでのレースになるかも。それは何だかすごく惨めだ。

と、白チームの外野の皆さんもちょっと不安げにざわつき始めた頃だった。第二の事件がその場に舞い込んできたのは。

「た、大変だ!陸上部エースの佐藤君が食中毒で病院に運ばれたぞ!」
「なんだって!?」
「そんな、佐藤がっ!?」

急にざわつき始める三年生の皆様。動揺を隠しきれない二年生の面々。一年生はおいてけぼり。ってか佐藤って誰?

「白チームのエースだよ。走る種目に置いてはおそらくこの学園で一番の速さだろうね、彼は。当然今日のリレーにもアンカーとしてエントリーされていた」
「折原先輩……」

いつの間に睨み合いを止めたのか、僕の隣には折原先輩が立っていた。ああよかった、これでリレーを始められる――――いやいやいや、全然良くないよ。

「病院って、怪我とかでもしたんですか?」
「いんや。ただの食中毒だって」

何もこんな日のこんな時に食中毒なんかにかからなくてもいいじゃないですか顔も知らない佐藤さん。

「それじゃあ、白チームはエース不在のまま勝負に臨むんですか?」
「それしかないだろうね」
「そんな……」

呆然とする僕を嘲笑うかのように、集合の合図であるホイッスルの音が鳴り響く。もう選手は所定の位置に集まらなければならない。しかしこっちは正直それどころではないのだ。佐藤先輩の抜けた穴を埋めなければ、リレーには参加できない。規定人数を満たしていなければ問答無用で失格となる。

「ど、どうしましょう、もう集合の時間なのに……」
「うん、そうみたいだね――――って事で帝人君、さっさとハチマキつけな」
「え?」

ぽかんとした顔で折原先輩を見上げる。先輩はにっこりと、それはもう女の子だったら確実に恋に落ちるだろう素敵な笑顔を僕に向けて見せた。

「佐藤君代理は帝人君で決定だから」

これには突っ込むとか驚くとかそういうリアクションを取る事も忘れ、僕はまさに唖然とした。呆気にとられた。むしろ自分の耳を疑った。これは幻聴じゃないのかな?なんて事も思った。いやきっとそうだよね。僕が佐藤先輩の代理だなんて、絶対聞き間違いでも無ければありえない事なんだから。

けれど、僕のそうした現実逃避を打ち砕くかのように、先輩は未だに佐藤君代理をどうするかでもめている白チームの皆さんを振り返る。

「って事で皆、もう時間も無いし代わりの走者は彼で良いよね」

こうした行事に参加すること自体が珍しい折原先輩の主張だからだろうか、白チームの皆さんは先輩の顔と僕の顔を交互に見比べた後、しばらくの間沈黙した。その後、「もう時間も無いし、それでいこう!」と誰かが言いだしたのを切欠に「うん、それでいいよ」「白チームの命運は君に託した!」という声が次々上がり始めた。
どうやら、多分佐藤君抜きでもこのチームならば勝てるのではないかという結論に至ったらしい。走者の中にはスポーツ万能の門田先輩や折原先輩、それに規格外の静雄先輩もいる。このメンツならば、一人くらい凡庸な能力の人間が混じっていても大した障害にはならないだろうと判断したようだ。

(……いや、僕の体力平均以下なんですけど)

とてもじゃないけどリレー前で盛り上がっている白チームの皆さんにそんな水を差すような事を言えない僕は、のろのろとあまり汚れていないハチマキを取り出した。

ええいもう、どうにでもなれ。










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