案の定というかなんというか、お昼頃に紀田君にメールをしてみた所、彼はやはり女子にもてたいという不純な動機から多くの種目に参加していたらしい。応援に行こうと思ってたけどなんだか馬鹿らしいから止めようかなあ、と思っていた所で園原と出会ってしまったので仕方なく折原先輩と園原さんと僕で紀田君の応援に向かった。
先輩は応援というよりも競技に励む選手たちを散々見下しては笑ってただけだったけど。

とりあえずそんな感じで園原さんと一緒に紀田君の応援をして(先輩は途中から観覧席のベンチに横になって寝てた)、バレーの試合がそろそろだからという事で園原さんと別れた頃には、どの競技もそろそろ大詰めを迎えていた。つまりは、決勝だ。

「今のところ黄色が優勢ですね」
「何が?……ああ、得点ね」
「そろそろ各種目で決勝戦が始まるみたいですから、結果次第ではまだ白が逆転出来るかもしれないですよ」

先程の紀田君の頑張りが効いているのか、今の段階でトップに立っているのは紀田君のいる黄色チームだ。他三チームがその後を追いかけている形になる。
先輩は興味無さそうに欠伸をすると、ベンチの上で今日に寝返りを打つ。

「別にどこが優勝しようが一緒だと思うよ?賞品が出るわけでもないのに」
「けど、やっぱりやるからには勝ちたいじゃないですか」
「そうかい?」
「はい」
「……まあ君がそう言うなら付き合うけど」

で、次何処行くの?と先輩は寝転がっていたベンチから体を起こすと伸びをした。
乗り気じゃなさそうだし面倒くさそうな素振りは見せているけれど、何だかんだ言って先輩は僕に付き合ってくれている。その事実にくすぐったさを覚えながら、僕はプログラムを捲った。
プログラムには各種目のトーナメント表が載せられている。校庭や体育館前などに張り出されていた結果をメモしてきたから、これでどの種目の決勝でどのチームが戦うのか知る事が出来る。
指でトーナメント表をなぞりながら、今現在勝ち残っている白チーム探した。

「えっと……あ、テニスは準決勝がこれからみたいですよ。白が勝ち残ってます」
「テニスねえ。そんなに上手い奴このチームにいたっけ」
「選手名まではメモしてこなかったので分からないですけど……あ、それとバスケも決勝これからですよ」
「ふーん」
「……え、」
「ん?」

あれ?バスケって、そういや、えっと、確か先輩も――――

僕の思考が結論を出すよりも早く、先輩がああそういえば、と呟いた。

「俺一回戦以外出てなかったや。いやーすっかり忘れてた」
「ええぇぇぇっ!?」

思わず頓狂な叫び声をあげてしまったのは、この場合は仕方ないと思って許して頂きたい。それほど驚いたのだ、僕は。
けれどそんな僕の心が先輩に通じるわけも無く。彼はめんどくさそうに僕を見遣ると「煩いよ」と非情なまでに冷たい一言を発する。

「元はと言えば散々帝人君が俺の事引っ張り回したせいだと思うけど」
「う……す、すいません」
「そうそう、非を認めるの大事な事だ。俺は素直な子は好きだよ」
「うわっ、頭撫でないで下さいっ」
「え、なんで?こんなに触り心地いいのに」
「よくないですってばっ!そりよりこんな事してないで、早く体育館に行きましょう!」

何が楽しいのかは分からないけど、しきりに頭を撫でてくる先輩の手を払って逆にその腕を掴んだ。そのまま体育館に向かって早足に歩き出す。

ついつい観戦に夢中になって先輩の試合を忘れてしまっていたのは、確かに僕にも多少の責任はあるだろう。けけど折原先輩の事だ、多分絶対、自分の試合がある事に気付いてた。
気付いてて、わざと知らない振りをしてたんだ。ちらりと素直に腕を引かれている先輩を振り返った。すごく楽しそうな顔で「ん?なに、どうしたの?」なんて聞いてくるから、ああやっぱりこの人分かっててやったんだって確信する。

「あーあー、テニスの試合は見に行かないわけ?」
「先輩の試合の方が大事ですよ。決勝なんですから、ちゃんと出ないと」
「疲れる事は好きじゃないんだけどね……やるよりは見てるだけの方が楽だし」

ぶつくさと文句を言ってくる先輩に、なんだかすごくもったいないなあっていう気分になった。

だって、あんなに上手かったのに。

先輩は足を引っ張るだけの僕とは違う。試合の中で、コートの中で、大いに戦力として役立っていた。本気になればきっともっとすごいはずなのに、面倒っていうそれだけで全てを切り捨ててしまう。それがちょっと、もったいない。

(だって、)

「さっきも言いましたけど、バスケしてる先輩、かっこよかったです」
「…………」
「だから、えっと……もう一度試合してる所が見たいっていうか、そんなに才能あるのにやらないのはもったいないというか……」

なんだが自分で何を言っているのか、何を言いたいのか分からなくなってきた。僕はただ、先輩がバスケしている姿はかっこいいと思って、そんな先輩の姿を見てるのが僕は楽しくて、だから先輩にも楽しんで欲しいって、それだけなのに。

「……先輩は、やっぱり僕なんかと一緒にいても楽しくないですか……?」

思えば先輩は最初からこの大会に対して無関心だった。僕は先輩と一緒に行事に参加できるのが楽しくて、ついついはしゃいでしまっていたけど、先輩はどうだったのだろう。もしかしたら嫌々付き合ってくれていたのかもしれないし。全然、楽しくなんてなかったのかもしれない。

僕は怖くて後ろを振り向けなかった。先輩の気持ちなんかちっとも考えないで、ただ一人で盛り上がってしまって。なんて馬鹿なんだろう、僕は。先輩が楽しいと思ってくれないと、意味無いのに。

僕に手を引かれて後ろを歩いているはずの先輩からは、何の反応も無い。怖くて不安で、いっその事を手を離そうかな、なんて考えているうちに、掴んでいたはずの先輩の腕があっさりと僕の手の中から逃げて行く。それに反応するよりも先に、ぎゅっと掌を繋がれた。

「せ、んぱい、」
「……俺が君に付き合ってる理由、ちゃんと分かってる?」
「へ?」
「分かってないんだ……もういいや。じゃあさ、代わりに期待して良い?」
「何を、ですか……?」


"優勝したら御褒美ちょうだい"


そんな甘ったるい台詞を甘ったるい声で、しかも耳元ぎりぎりで囁くなんて反則だ。
僕の顔は見るも無残に赤く染まり、しばらくの間熱が引く事はなかった。






「お疲れ、兄貴」

こつん、と額に缶がぶつけられる。顔を上げると、タオルで汗を拭いながらスポーツドリンクの缶をこちらに差し出している弟の姿があった。

「おう。お前もお疲れ」
「……俺は何もしてないよ」

ほとんど兄貴が一人で動いてるようなものだったじゃない、幽は額のガーゼを摩りながら苦笑した。

「怪我人に無理させるわけにもいかねえだろ」
「……気にしなくてもいいいのに」

静雄は手を伸ばすと弟の前髪を掻き上げた。汗で貼りつく髪の下からは白いガーゼが伺える。
頭部に怪我を負った一回戦の後も、幽は棄権する事無く試合に出続けた。静雄は一応止めたのだが、この弟は意外なところで頑固だ。頑なに首を縦には振らず、結局全試合に出続けた。静雄は怪我が悪化するのではないかとそれだけが気がかりだったが、幸いにもその心配はいらないようである。
ただ保険医からは「もうこれ以上は動くなっ!」と説教を喰らってしまったが。

「お前も頑固だよな。来年もあるんだからそん時リベンジすりゃいいじゃねぇか」
「……だって、」
「あ?」
「兄貴と一緒にいられるの……今年で最後じゃないか」

酷く寂しげな声だった、と静雄は思う。そして珍しい、とも。弟が感情を声に滲ませる事は滅多にない。それだけ、幽は深刻に考えているのだろう。静雄が卒業してしまう、来年の事を。
今は何を言っても気休めにしかならないような気がして、静雄はそれ以上その話しに触れなかった。来年の事を考えたくないのは、案外静雄の方なのかもしれない。

「あー……まぁあれだよな、」
「ん?」
「結局、優勝しちまったな」
「……うん」

どうすっかなこれ、と静雄は置き場に困るような立派な優勝トロフィーを小突きながらぼやいた。幽も微妙な顔でトロフィーを見つめている。
実を言うと、静雄も幽かもまさか優勝するなどとは思ってもいなかったのだ。幽は兄がこの学校行事を楽しめるように、静雄は弟の優しい配慮に応えるために。まあとにかく楽しめればそれでいいやというそれだけの気持ちで今回のスポーツ大会に臨んだ。
別に優勝というオプションまで付いてくる必要は全く無かったのだが、してしまったものは仕方ない。ここでどうこう言ってもこの結果が覆る事は無いのだから。

それに。

「……これ、帰ったら玄関にでも飾っておくか」
「……うん」

勝利は、スポーツの楽しさをより一層引き立たせる。
それを今日、静雄は初めて知った。




「そういえば、兄貴」
「んだよ」
「バスケも、白が優勝したんだって」
「へえ、やるじゃねえか。ってかバスケが強い奴なんざこのチームにいたか?」
「それは知らないけど……多分、最後のリレーで勝敗が決まる」
「ああ、リレーな……」

静雄は空を見上げた。幽もつられて上を向く。

「今年は何人、怪我人出るんだろうな」
「……さあ?」


各種目とも、激戦の末決勝までの全試合が消化されようとしていた。
そして、それと同時に来良学園スポーツ大会において最も危険とされる最後の競技種目――――

リレー競技が、開始される。










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