うわぁ、と僕は間抜けな歓声を上げて眼下に広がる体育館を見下ろした。
広い体育館を中央で二分割して、片側ではバスケ、片側ではバレーボールの試合が行われている。僕の視線は主にバスケの方に釘付けだ。
手摺から身を乗り出して試合を見つめる。今日だけ特別に観戦用に開放されているテラスに人は疎らだった。大体の人が下に降りて間近で観戦しているからだろう。

僕はそんな人の少ないテラスで、一人馬鹿みたいに驚愕していた。

(……折原先輩って、)

すごく、すごーく運動できる人だったんだ。

何それ帝人君まさか俺が運動音痴とかそういうタイプの人間だと思ってたわけ心外だなあってか軽くムカつくんだけど、僕の頭の中で先輩がちょっと不愉快気にそう言い連ねるのが容易に想像できて苦笑した。
いやいやそんなことしてる場合では無くて。

折原先輩がエントリーしている種目は、まあ意外といえば意外だしぴったりと言えばぴったりとも言えるし、とにかく僕にしてみたら卓球やサッカーよりは似合うんじゃないだろうかと思える種目、バスケだった。
途中から合流した先輩の姿に、チームメイトの皆さんはとても驚いているらしかった。その様子から、先輩が去年一昨年のスポーツ大会をさぼっていたという証言は僕の中で確実なものとなる。

けれど、さぼりを非難されたり最悪な事には試合にすら出してもらえないんじゃないのかなっていう僕の懸念は杞憂で終わってしまう。先輩は合流直後にすぐさま選手としてコートに送り出されたのだ。これには僕も目を丸くした。
その理由はすぐに知れる。
折原先輩は、上手かった。バスケを知らない僕が見ても分かるほどに、コートの中で目立つくらいに上手かったのだ。

「すごい……」

囲まれてもすぐに華麗なドリブルで切り抜けるし、パスやカットのタイミングも絶妙だ。そして何より、シュートがすごい。多分一本だって落としていないんじゃないだろうか。スリーもレイアップも、先輩が打てば必ずゴールをくぐった。

あの平和島静雄先輩と常識では考えられないような凄まじい喧嘩を繰り広げるくらいなのだから、運動神経は悪くないんだろうって思っていた。けれど先輩は僕の予想の遥か上を行く。こんなにスポーツ万能だなんて聞いてない。

(陰で練習するような努力家でもないしなあ……)

となると、やっぱりこれって才能でやってのけてる事なんだろう。身体能力だけで経験や技術の差をカバーするなんて、もしかしなくても凄い。これってきっと絶対、凄い事なんだよね?って、誰に聞いてるんだろう僕は。

それにしても。

(バスケしてる先輩って……)

「……かっこいいかも」
「何が?」
「って、うわっ!?」

びっくりして体が仰け反った。一体いつから隣に居たのか。接近された事にすら気付かなかった。

「やだなあそんなに驚かないでよ」
「いや今のはお前が悪いだろ」
「岸谷先輩に、門田先輩……」

突如として僕の隣に現れたのは見知った顔だった。
学年は違うけれど、この二人とは面識がある。門田先輩とは委員会が一緒という縁で知り合い、岸谷先輩は折原先輩の知り合いという事で知り合いになったのだ。萎縮しっぱなしの僕にどうしてか気さくに声をかけてきてくれる、ちょっと変わってるらしいけど基本的に良い先輩達。
まあ変わっているのは折原先輩曰く、岸谷先輩だけらしいけど。

「おーおー見てよドタチン、あの臨也が爽やかにもボールを持ってコートを駆け回っているよ!これはもう確実に天変地異の前触れだね!」
「それは言い過ぎだろうけどよ……確かに珍しいな」
「これは一体どんなマジックを使ったのかな竜ヶ峰君?」

そこで僕に振りますか!
突っ込みは心の中だけに留めよう。

「いえ、僕は別に何も……」
「謙遜する事無いよ。君は確かに臨也にとっての希少な貴重な唯一の人間なんだからさ。人間はオールラブとか抜かしてるあの変人が特定の一人を手元に置いておくなんてかなり、かなーり珍しい事なんだよ」
「……岸谷先輩って話しだすと折原先輩みたいですね」
「え?そう?」
「はい」

うわぁそれは地味にへこむなぁ、と岸谷先輩が割と本気で落ち込んでいるのを見て言い過ぎちゃったかなとちょっとだけ焦る。けれど上手い事話を反らす事には成功したみたいで、それから折原先輩との事を詮索される事は無かった。

ぼくと折原先輩が付きあってるって事は、別に公言しているわけじゃない。けれど折原先輩が自ら語ったのか単にこの二人の観察眼が鋭いからなのかは分からないけど、何故か僕と折原先輩の事は岸谷先輩と門田先輩に知られてしまっている。
別にからかっているつもりはないんだろうけど、正直あんまり勘繰られるのは気分が良いものじゃない。単に恥ずかしいってのが理由ではあるけど。そういう訳だから僕は折原先輩との事を他人に聞かれるのが一番嫌で、そして困るのだった。

「あの、それよりお二人は何か競技に参加してきたんですか?」
「うん、さっき出て来たよ。俺はバドミントンで、ドタチンはさすがだよね、いろんなとこからお誘いが来てたし」
「え、そうなんですか?」
「まあ、頼まれたら断るのも悪いし。それに少しでもチームの勝利に貢献しとくのも悪くないだろうからな」

そう言って門田先輩は腕に巻いている白色のハチマキを示した。岸谷先輩も白いハチマキを首にかけている。今コートの中でバスケに励んでいる臨也さんも、手首に白いハチマキを捲いていた。

(何か、偶然にしてはすごいなぁ)

こうも知り合いばかりのチームというのもすごい。とは言っても、クラスメイトでもあり親友でもある紀田君や園原さんとは惜しくもチームが別れてしまっているので、そういう意味ではちょっと寂しかったりもする。

今頃紀田君達何してるのかな。紀田君の事だからスポーツ万能な所を見せつけて女の子にもてよう!なんて馬鹿な事考えて片っ端から種目にエントリーしてたりして。体育館にはいないから、もしかしたら校庭で行われている陸上競技の方に出ているのかも。
園原さんは何に出てるのかな。バレーボールとかかな?応援に行きたいけど他所のチームを応援するっていうのもやっぱり体裁がよくないしなあ。けど見るだけなら別にいいよね。あ、でも僕二人が何に出てるのか知らないや。こんな事なら事前にちゃんと聞いておけばよかった……お昼の時にでもメールしてみよう。

「なーに考えてるの」
「!?」

いきなり背後から肩に腕を回されて、驚いた僕の体は大袈裟に跳ね上がる。

「お、りはら先輩……」
「あれー臨也、今試合中じゃないの?」
「もう終わらせたっつーの。それより新羅、人のに勝手にちょっかいかけないでよね」
「やだなぁ、応援に来ただけだって」

あれだけの運動の後だからだろう、密着する折原先輩からは汗の匂いがした。それに何だかすごくドキドキしてしまって、顔が熱くなる。どうしよう、こんな所でこんな場面で赤面なんてしたら絶対不審がられる。

「それはどうもありがとう。それじゃ、俺達はこれで。行くよ帝人君」
「あ、はいっ」

けれど赤面するよりも先に折原先輩が手を引っ張ってその場から連れ出してくれたおかげで、醜態を晒す事態は避けられた。階段を使ってテラスを下りる。先輩の背中に向かって、あのっ、と僕は声をかけた。

「お、つかれさまでした……」
「……」
「バスケやってる先輩、かっこよかったです」

正直な感想をそのまま告げると、折原先輩の歩みがピタリと止まる。どん、とその背中にぶつかってしまい、慌てて謝ろうとしたらぐるりと振り向いた先輩によってきつく抱き締められてしまう。
途端に濃厚になる、先輩の香り。

「せ、せんぱいっ……」
「あのさ……そういうの、止めて」
「え?」
「不意打ち良くない。君無意識なの?押し倒されたいなら今すぐにでもそうするけど」
「は……!?」

先輩の言葉に顔が赤くなる。からかうのは止めて下さい、と言いたかったけれどこちらを見つめる先輩の表情は冗談でも嘘でもなくて、僕は言葉を失う。

「ねえ、」
「は、はい……」
「キス、していい?」

先輩がこんな風に事前に確認をとる事なんて今まで無かった。先輩は僕の答えなんか待たずに、口付けを、落とす。

ここはまだ、往来なのに。











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