正直言って、平和島静雄はすっごく乗り気ではなかった。何にって、スポーツ大会にだ。この力故、力の入り易いスポーツ等では制御が利かず要らぬ怪我や破損を齎した事は過去に数知れない。
それでも今年のスポーツ大会に渋々ながらも参加しているのは、他でもない弟の願いだったからだ。無表情だの鉄仮面だの色々と言われてはいるが、あれはあれで兄である静雄の事を心配してくれている。こういった学校行事ですら満足に楽しめない静雄に、「一緒に参加しよう」と誘ってくれた幽は、自分が言うのも何だが実にいい弟だと静雄は本気で思っていたりする。

幸運な事に静雄は幽と同じチームだった。縦割りされたチームは色で区別がされる。赤と青と黄色と白。静雄達は白である。
同じチーム内でなら学年に関係なく種目にエントリーが可能であり、必ずしも学年を揃えて参加する規則は無い。
幽が静雄に誘った競技はテニスだった。ダブルスならば、まあ幽と一緒だし自分も無理はしないだろうし、それにラケットを使って行う種目だ。ただラケットでボールを打ち返すだけならば、それが相手の体に間違って当たったとしても流血沙汰みたいな大事にはならないだろう。
安易な気持ちで静雄は幽の誘いに乗った。

乗ったのは、よかった。
よくなかったのは静雄の見解の甘さだ。それを試合の中で痛感させられる。

「っ―――――!」
「幽っ!?」

前衛にいた幽の頭に相手のボールが当たった。
初戦の対戦相手はテニス部ではなかったがそれなりの経験者らしく、中々に手強い。それでも基本的に運動能力は群を抜いて静雄の方が高かったし、幽もスポーツが出来ないわけではない。5-3でリードを奪い、あとワンセット取れば勝てるという所での出来事だった。

「おい、幽、大丈夫か!?」
「っ、うん……」

コートに蹲った弟の元へ慌てて駆け寄る。額の左側を押さえながらも、幽は静雄の問いにはっきりとした返事を返しむくりと体を起こした。どうやら脳震盪等は起こしていないらしい。だが。

「……」

ぽたりと、額を抑える幽の指の隙間から鮮血が落ちた。咄嗟に弟の腕を剥ぎ取ると、額の左側辺りから出血している。それに気付くと、今までおろおろしているだけだった審判が慌てて審判台から飛び降り、「早く先生をっ!」とギャラリーに向かって真っ青になりながら叫んだ。試合を観戦していた大半の女子は幽のファンだったらしく、悲鳴がひっきりなしに上がりちょっとした騒ぎになりかける。

だが、静雄の耳にはそんな喧騒は入ってこない。

「わ、悪いな平和島……けど事故だ、仕方ない」
「そ、そうだ、事故だし、仕方ない。弟君もそのままじゃ試合続けられないだろうしさぁ」

ただ、対戦相手の二人組の声だけは、妙に音が遮断された静雄の意識の中にはっきりと響いてきた。
ちらりと向こう側のコートに立つ二人組を見遣る。チームが判別できるようにと、生徒にはそれぞれのチームの色に応じたハチマキが渡されている。頭につけるもよし、たすきにするもよし、腕に巻くもよし、足に巻くのもよし。
相手は青色のハチマキをつけている。その二人組の表情を見て――――静雄は目を細めて立ち上がった。

喧嘩を売ってはいけない人物、平和島静雄。大抵の生徒達は静雄の力を恐れ、敬遠していく。無謀にも喧嘩を売って来た相手も、一度その力の前に捩じ伏せられれば二度と近寄っては来なくなる。
だが、中にはそうではない人間もいた。静雄に対して恨みを抱き、報復をしようと考える者達。
静雄は相手の二人の顔に見覚えがあった。以前たまたま静雄の目の前で下級生相手にカツアゲをしていたので、胸糞悪くて蹴散らした事がある。その時の内の二人だ。

(ああ、そうか。そう言う事かよ)

こいつらは、そういう奴等か。


俺に対する逆恨みで――――幽を狙いやがった。


「幽、これで押さえとけ。あとコートからまだ出るな」

静雄は自身の白いハチマキを弟の傷口に押し付けた。白が赤に染まる。困惑したように顔を上げる幽だったが、静雄の表情を見て軽く目を見開いた。彼にしたら珍しく慌てた様子で口を開く。

「兄貴、俺は平気だから……」
「おい審判、とっとと戻ってこい!」

突然怒鳴られた審判はびくりと体を震えあがらせ、そして静雄の顔を見るなり悲鳴を上げて審判台に戻ってくる。相手の二人組も、てっきりこのまま棄権するだろうと思っていた静雄達がコート内に留まっている状況に動揺しているらしい。

「幽、下がってろよ」

静雄は前に出る。その肩にラケットを担ぎ、本人には自覚の無い酷く凶悪な笑みを張り付けた。

「俺一人で十分だ……手前ら二人、まとめて相手してやる」




静雄り見解の甘さ。
その一つ目は、テニスでも一歩間違えば流血沙汰になると言う事。そして、二つ目はラケットを使ってただボールを打ち返すだけとは言え、コートを抉るくらいの威力は出せると言う事。

あの後、ものの十分とかからずに驚異的なパワーを見せつけ静雄は一人で勝利した。それこそ相手は静雄の打ったボールがグリーンのコートを深く抉った事実に放心して、それ以降はまともなプレイが出来ていなかったが。
ギャラリーと審判が唖然とする中、試合が終わると静雄は幽を連れて保健室に赴いた。幸いにも怪我は大したことなく、脳にも異常は無いとの事だったので今さっき二人は保健室を後にした所だ。そうして今に至る。

怪我を覆う額のガーゼは前髪で多少は隠れているが、少しだけ痛々しいように思えた。ちらちらと隣を歩く弟の様子を気にしていると、幽は表情を変えずにぽつりと漏らす。

「……兄貴、少しは成長したんじゃない」
「は?何が」
「さっきの試合。暴れるんじゃなくて、ちゃんと試合で決着つけた」
「ああ、まあそれはあれだ。なんとなくだよ」

「……ちょっと、かっこよかった」

ぼそりと呟かれた言葉に静雄の足は止まる。だが幽は兄を振り返る事無くそのまま廊下を歩いて行った。歩いて、ちょっとだけ進んだところで振り返る。

「ありがとう」
「……何が、」
「一緒にできて、楽しい」

口数の多くは無い弟だ。それに声も単調で抑揚が無い。他人が聞いてもとても楽しんでいる風には聞こえないような声音だ。
それでも静雄は気付いている。伊達に兄貴はやっていない。

弟の口元が楽しげに綻んでいるのが見えて、静雄は頭を掻いた。

(あー……まあ、うん、あれだ)

正直言って、平和島静雄はすっごく乗り気ではなかった。何にって、スポーツ大会にだ。
けれど今はそうでもなかったりする。

(こいつが楽しいなら、いっか)

静雄はとことん、弟には甘かった。










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