空は晴天、雲一つないから快晴と言ってもいい。気温も上々、風も無い。まさに絶好のスポーツ日和といえよう六月の中旬。

来良学園のスポーツ大会は、体育委員長の開会宣言と共に幕を上げた。





「やあ帝人君、調子はどう?」
「あ……折原先輩」

体育館外の水道場で顔を洗っていると肩にぽんと手を置かれて振り返る。拭っていなかった水がぽたぽたと顎から垂れてティーシャツを濡らし、僕は慌ててタオルでごしごしと水気を拭いた。

「こ、こんにちは」
「そんなあからさまに警戒しないでよ。傷つくじゃん」

別に警戒しているわけじゃなくて、緊張しているだけなんだけどなあ。折原先輩を前にするとどうしても体が強張ってしまう。怖いとか嫌いとかそういうのが理由じゃなくて、単にまだこの人と一緒に居ると言う状況に慣れないから、なんだと思う。なんとなく恥ずかしいような、恐れ多いような。
けれど折原先輩は僕のそんな緊張を、警戒してると受け取ったらしい。上手く弁解する自信もなかったから、僕は結局先輩の言葉を否定できなかった。

「まあいいや。君は何か出てきたの?」
「えっと、卓球に」
「へえ、君卓球なんて出来たんだ」
「あ、いや、出来るわけじゃないんですけど……チーム競技だと絶対足を引っ張ると思ったので」

スポーツ大会というだけあって参加可能な種目はたくさんある。卓球に始まりバトミントンサッカーバスケにバレーボール、そしてテニス。球技以外にも陸上競技も種目として入っていた。時間と体力が許すのであれば、一人で何種目もエントリー可能らしいけど、この学園のスポーツ大会はハードだ。そりゃもう全員が全員本気で臨むので、実際のところ精々二つ三つへの参加が限度らしい。
いくつでも参加は出来るけど、その代わり一人最低一種目には絶対で無くてはならない。よって、運動をあまり得意としない、むしろ苦手としか思えない僕のような人間も強制的に何かしらには出ないといけないわけで。
選んだ種目が卓球だったというわけだ。もちろん僕は初心者だ。体育の授業程度でしかやった事の無い卓球を何故選んだのかと聞かれれば、今先輩にも言ったようにチーム競技では僕は役に立たないからだ。むしろ足を引っ張る。確実に。そこでチームではなく個人プレイが可能な種目のうち、比較的運動量が少なそうな卓球を選んだと言う訳なのだけど、僕の見解は甘かったようだ。

「……卓球って、けっこう疲れるんですね」
「あ、もしかして楽そうとか思った?テニスやバドミントンに比べたらコートは狭いけど、その分反復する運動が多いから実はハードだよ?あのスポーツ」
「今日身を持って知りました……」

予想以上に疲弊した。当たった相手も悪かった。初戦からしていきなりの現役卓球部と当たってしまったのだ、もう自分の不運を呪うしかない。

「その様子だと負けたんだ」
「はい……」
「可哀想に、まだ開幕して三十分もたってないじゃないか」

これから暇だね、なんて嫌味ったらしく言われるのにももう慣れてしまった。いや、慣れたくもなかったけど。

「折原先輩は、これからですか」
「んー……一応エントリーはしてあるけどさ。面倒だからさぼろうかなーって思ってたところ」
「そうですか……って、え?」
「なに?」
「だ、だめじゃないですかさぼったりしたら」

えーだって去年も一昨年もまともに参加なんてしなかったしなあ、とぼやく先輩の言葉は多分本当だろう。あまりこういった学校行事には乗り気じゃないような人だから、きっとこのスポーツ大会もどうでもいいんだろう。けれどやっぱり、見逃せない。

「でもその、一応チーム対抗戦なわけですから……」

ここで先程の話に戻る。この学園のスポーツ大会は本気でハードだ。その理由は皆が皆、全員が全員、本気だから。では何故本気なのか。単に皆スポーツが大好きだとかそういった理由じゃない。
この学園のスポーツ大会は、縦割りによって割り振られたチームによる対抗戦を兼ねているからだ。
普通の学校ならばクラス対抗だとか学科対抗だとかで、最終的に多くの点を取ったクラスの優勝、学科の優勝って事になるんだろうけど、来良は違う。全くのランダムによって決められた縦割りのチーム。つまりは一年生も二年生も三年生もクラスも学科も関係ない、そんな垣根を飛び越えた混合チームで勝負に挑むのだ。
全校生徒を学年部活関係なしに四つに分け、そのチームで勝利を競う。一二年生は本気にならざるを得ない。最後の大会だからという事で気合の入っている三年生の足を、引っ張るわけにはいかないからだ。手など抜いたりしたらどんな報復が待っているのか、想像したくも無い。

皆が皆、全員が全員、本気になる理由。それはこの他の学校では稀に見ない、縦割りによるチーム編成が理由であった。

「けどさあ、ぶっちゃけ俺優勝とかどうでもいいし。こういうのはやりたい奴らだけがやればいいと思わない?」
「そ、それはそうかもしれないですけど……けど、先輩は今年で最後じゃないですか」
「なに、君そんなに俺に参加してほしいの?」

ぐっ、と顔を近づけられ目の前で整った顔が嫌な風に笑う。突然の接近に意識せずとも僕の顔は赤らんだ。頼むから、そんなに近づかないで。緊張でどうにかなってしまいそうだ。

「だ、って、折角の行事ですし……先輩と、」
「んー?俺と、なんだって?」

その先を紡ごうとして、僕は口を閉じる。今更になって自分の思考がとんでもなく女々しい事に気が付いたからだ。けれど意地悪く笑う先輩は僕をこのまま逃がすつもりは全く無いらしい。体の正面に立たれて体を密着させてくる。背後の水道の壁に手を付いて退路を塞いだ。

「……言わないと酷い事するよ」
「ひ、酷い事って……?」
「言わなきゃ分からない?」

実に良い笑顔で先輩はそう言った。その瞬間、僕の脳裏には今まで散々されてきた彼曰く"酷い事"がまざまざと蘇る。思い出したくも無い恥ずかしい出来事の数々。
やると言ったら、やる男だこの人は。僕はもう観念するしか術は無く、俯いてせめて顔を見られまいとした。

「だ、から、その……先輩と、」
「うん」
「……一緒に、こういう学校行事とか、楽しみたいなあ、って……」

ああもうなんでこんな馬鹿みたいに女々しい事この人に言わなくちゃならないんだ!
心の中でやけ気味に叫んでみるけど羞恥は消えない。何の反応も無い先輩を訝しんでちらと視線をあげると、先輩はぽかんと呆気にとられたような顔をして僕を見ていた。
へ?と僕まで間の抜けた顔になってしまう。しかしすぐに先輩の表情は先程のような嫌な風な笑みに変わった。

「まさかそうくるとは思わなかった」
「え、あの、すいません。すっごく自分本位な理由で……」
「いや、別にいいよ……よし、そう言う事なら君に免じて参加してあげよう」
「え?」

何、今、すごく耳を疑うような言葉が聞こえた気がしたんだけど。

「……なにその顔。参加しろって言ったの君だろ」
「そ、うですけど……」
「なら喜んでよ。俺が君の青春の一ページ作りに協力してあげるって言ってんだからさ」

いや、別に青春の一ページを作りたいとかではないんですけど。
ただ、先輩とこういう特別な日の特別な時間を共有したいんだって、

(思っただけなんだけど……)

ああもうほんと自分の女々しさが恥ずかしい。
でも、確かにとっても恥ずかしいけど、

「じゃ、行こうか」
「行くって?」
「俺の参加種目、もう始まってるんだよね」
「ええっ!?な、なんでのんびりしてるんですか」
「だって帝人君が中々口を割らないから」

僕の手を掴んで体育館に向かう先輩がやる気になってくれたらしいので、良しとしよう。

「まずは応援、よろしくね」

先輩に掴まれた腕を見ながら、僕はそういえばと思い出す。

(僕、折原先輩と同じチームなんだっけ)

今更過ぎる事実だった。










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