「好きだ」

酷くまっすぐな瞳で、そう告げられた。冗談はやめて下さい、と帝人が言うと、

「冗談じゃないんだけど」

酷く憤慨した様子でそう返されて、訳が分からなくなった。
彼とは多少なりとも面識はある。だが自分が彼にそういった好意を持たれる理由は全く分からなかった。そもそも頻繁に顔を合わせるわけでもない。いつも飄々として考えている事が読めない彼からの、突然の告白。混乱するのも当然だと言えよう。

同性から告白されるのはもちろん初めてだ。同性でなくとも、異性から告白された経験も無い帝人は、この出来事をどう処理して良いのか分からない。あの人の事だ、次に顔を合わせた時には何事も無かったかのように振舞うかもしれない。
けれど好きだと言われた時の彼の瞳は、そんな風に簡単に流せるほど軽い輝きを纏ってはいなかった。
本気なのだと、思った。あの人は本気で、好きだと言ったのだ。

その結論に至った時、帝人はいよいよどうすればいいのか皆目見当がつかなくなった。帝人は彼に対する自分気持に明確な名前を付けられなかったのだ。彼の事は、嫌いではないと思う。だからと言って好意的かと言われると、素直に首を縦に振れない。幼馴染が言うように、彼は危険だ。手放しで受け入れる事は理性が許さない。
だがその半面、彼に対する一種の憧れのようなものもあった。彼と一緒に居る事は、彼の存在は、帝人の世界には特異なものだった。帝人が望むものと同義だと言ってもいい。彼と共にする時間に楽しさを感じるのも、事実なのだ。

(じゃあ僕は、好きなのかな)

告白されてからしばらくの時間が過ぎた。彼とはあれ以来顔を合わせていない。チャットにも顔を出していないから、ここ数日の接触は皆無である。

自然と足が向いたのは水族館だ。平日だからか、人の疎らな館内をぼんやりとしながら進む。
何故水族館なのか、それは単にこの空間を帝人が気に入っているからだ。薄暗く、水槽のみが広がる一種の異世界。あまり足を運んだ事がないからこそ、この空間が好きだった。
何故今この時、この場所なのか。童心に返りたかったからなのか、静かな場所を求めていたのか。帝人も分からない。ただ、来たくなった。それだけだ。

熱帯魚の水槽が暗い館内で幻想的に発光する。観賞専用のブースなのか、水槽が壁一面に並びソファ製のベンチが至る所に設置されている。ソファを二つ、背中あわせにくっつけたような形のベンチは、反対側の水槽も腰を掛けながら眺められるようになっていた。帝人はブースの一番奥にあるベンチに腰を下ろす。
ブース内に人はほとんどいない。何組かのカップルや親子連れが水槽に張り付いたり、帝人同様ベンチに腰を掛けたりしているのみだった。

携帯を取り出してアドレス帳を開く。彼の名前は登録されていた。電話をかけようとしている自分に気がついて、帝人は指を止める。

(電話して、何を言うつもりなんだろう)

好きか、嫌いか。単純に考えればそれだけだ。好きなら付き合えばいい、嫌いなら付き合えないと言えばいい。それだけなのだ。だがたったそれだけの事が、分からない。

(もし断ったら、あの人はどうするんだろう)

あの人の事だ、それこそ何事も無かったかのように、次の日には顔を出すかもしれない。その姿が容易に想像できて、帝人は自分に苦笑した。
しかし、もし、そうでなかったとしたら。その可能性を想い浮かべて笑みが消える。彼は他人との距離に対して明確な線引きをしている。もし付き合えないと断って、彼が二度と帝人の前に姿を現さなかったら――――

「…………」

想像して、ぞっとした。帝人の世界から、彼が消える。非日常に憧れる心が、彼の存在が消える事を惜しいと思っているのではない。もっと別の心が、彼の消失を恐れている。

(二度と、会えなくなったら)

彼の事だ、帝人一人と遭遇しないように立ち回る事など容易だろう。彼に本気になられてしまえば、帝人には手を出す事が出来ない。そういう人なのだ、彼は。

(……嫌だ)

携帯を握る手に力が籠る。ぽたりと液晶に水滴が落ちて帝人は驚いた。泣くほど、自分は彼に焦がれている。

(ああ、そうか)

簡単な事だったのだと、顔を上げて目に入った水槽を見て思う。中で泳ぐ熱帯魚は、果たして水槽の外の世界を知っているのだろうか。もしかしたら、水槽の外にある海の存在すら知らずに泳いでいるのかもしれない。もしかしたら、水槽の外にある海を知りながら、水槽内での生活に満足して泳いでいるのかもしれない。

僕はどっちだろう、そう考えながら帝人は携帯を握り直した。どのみち、自分は彼に囲われた世界を知ってしまった。知らずに全身を浸し、その世界から出る事も出来なくなってしまった。それすらも彼の思惑通りなのだろうか。
それでいいと思った。開いたアドレス帳から彼の電話番号を呼び出す。通話ボタンを、押した。






その音は、静かなブース内では殊更大きく響いたように思えた。いや、もしかしたらそれほど大きな音ではなかったのかもしれない。何にせよ、通話ボタンを押した瞬間に背後から鳴り響いた着信音に、帝人が大層驚いたのは事実だ。一瞬肩が跳ねる程、唐突だったのだ。

ピッ、と。背もたれを挟んで帝人の背後に座っていた人物が、着信を受ける。着信音は鳴り止んだ。それと同時に、耳に当てていた携帯から響いていた呼び出し音も、消えた。

「もしもし」

携帯から、背後から、声がする。まさか、そう思って振り返る。帝人の背後に座っている人物は、携帯を構えていた。そしてファーつきの黒い上着を着ている。まさか、こんな事が。
全身が黒い男は、静かに立ち上がり、振り返った。

「それで、帝人君。返事は?」

いつからそこにいたのか、とか、どうしてここに、とか、聞きたい事は山ほどあった。背後に人が座った事にも気付かず熟考していた自分を恥じるより先に、帝人は目の前の彼を見上げた。ずっとずっと、脳内で思い描いていた彼の姿を。

失いたくないと、思った。

「僕も、好きです――臨也さん」

万事、思い通りに上手くいった。そんな笑みを浮かべながら、臨也は帝人に手を伸ばす。帝人は抗う事無くその腕に抱きしめられた。
全てが彼の手の上のだったとしても、それで良い。

(そう思える程、僕はこの人が好きなんだ)










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