「やあ、おかえり」

路地を抜けると、携帯を片手に臨也さんが立っていた。メールを打っていたのだろうそれをポケットにしまいこむと、僕に歩み寄ってくる。
学ランを着た臨也さんの姿が重なるが、どうにもやはり、同一人物には思えなかった。

「どうして、この路地の事を知ってたんですか」

メールには"路地を通って戻っておいで"と、それだけが書かれていた。あれだけ往復して戻れなかったにも関わらず、臨也さんのメールに従い路地を通り抜けると、そこはいつもの、僕が住んでいる池袋の街だった。

僕は戻ってこれたのだ。

「俺は情報屋だよ?大体は知ってるさ」

特に、この街に関わる面白い話はね。

僕が聞きたいのはそういう事ではないのたが、もしかしたら一回目の着信があった時、無意識に臨也さんに話したのかもしれない。僕は目の前が真っ白になっていてその時の事をよく覚えていないから、その可能性はあるだろう。

「こっちも、夜なんですね」
「うん。しかも深夜。制服でうろついてたら確実に補導の対象だよ」

君は童顔だから制服でなくとも補導されるだろうけどね、嫌味を言いながら笑う臨也さんを、僕は見上げる。
ずっとずっと、五年前の臨也さんと別れてから気になっている事があった。

「臨也さんは、五年前の事覚えているんですか」
「ああ、その話ね。俺が思うに、多分君はタイムスリップなんかしてないよ」
「どういう意味です?」
「そのまんま。だって現実にあり得ないだろ?だから夢もしくは幻、だと思うよ俺は。君が何かのきっかけでそういった夢や幻を見るに至った。原因は知らないけど、その夢や幻を見た場所がたまたま、あの路地だった。それだけだよ多分」
「つまり、五年前の臨也さんは僕に会っていないってことですか」
「ああ、何?向こうで会ったのって俺だったんだ」

いやあ光栄だな、愉快そうに言う臨也さんに肩を落とした。がさりと洗剤の袋を持ち直す。

もしかしたら、本当に、臨也さんの言うとおりあれは夢か幻だったのかもしれない。何だかそれでも良い気がした。僕がタイムスリップしたという事実を証明できるのは、僕以外に過去の臨也さんしかいないのだから。

(あれ、でも……)

「そろそろ帰ろうか、帝人君。送ってあげるよ」

あの、と雑踏にまぎれそうになる臨也さんの背中に向かって声を張り上げた。
臨也さんの言葉に感じた矛盾を告げようとすると、彼は歩みを止めて振りかえりざまに何かを投げて寄こす。

「うわっ……って、え?」

見覚えのある、手帳。真新しかったはずのそれは、古びて擦り切れている。

「エアコンみたいな名前だね」

三度目の、言葉。

「君とこの池袋で会った時、どうして俺がそう言ったかわかる?」


"エアコンみたいな名前だね"


(あ――――)

五年前の臨也さんから聞いたあのフレーズは、僕にとっては二回目に聞く言葉だった。けど臨也さんからしてみれば、五年前のあの時が、最初の一回目。

「……覚えてるんじゃ、ないですか」
「忘れた、なんて言ってないよ」

嵌められた。多分臨也さんは僕の反応を見て楽しんでいたんだろう。
そもそも覚えてないはずがないんだ。分かっていたからこそ、臨也さんは今日あのタイミングで電話を寄こしたのだ。メールだって、今日の事を知っていなければあんな文面は書けない。

くく、と笑いを洩らした臨也さんは、長い五年だったよと言ってまた歩き出す。

僕は鞄を漁った。入れていたはずの生徒手帳は見当たらない。多分、五年前の臨也さんが持っていってしまったのだろう。
ぎゅっと、手の中の古びた手帳を握りしめる。


五年もの間、こんなにぼろぼろになるまで僕の生徒手帳を持っていてくれてたのは、一体どうしてなのか。
それを尋ねるために、臨也さんの、大人の背中を追った。










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