わしゃわしゃと、これでもかってくらいタオルに石鹸を擦りつけて泡を生成しては、子供のように楽しげな顔を浮かべる大人に呆れることも出来ない。
たっぷりと真白の泡に塗れたタオルが、背中に触れる。視界の端をふわふわと小さな泡が飛んでいくのを、どこか別世界の出来事のように僕は眺めていた。
「どう、帝人君。かゆいとこない?」
「は、はい。大丈夫、です」
言葉が不自然に切れてしまったのは仕方のないことだろう。なんたってこんな奇妙な状況下にいるのだ。僕の背後に座っている大人が楽しそうにしているのだけは気配で分かったが、生憎と僕には今のこの状況を楽しめる心のゆとりは全くない。
あの折原臨也と一緒に風呂に入っているという事実だけでも眩暈がするのに、なんで僕はこの人に背中を流してもらっているのだろうか。
(拷問だ……)
わしゃわしゃ、背中をタオルが滑る。心地よい力加減のはずのそれが、僕には恐ろしいものに感じられてならなかった。未だに、この人と一緒にいることに慣れない。この人のしでかす奇行にも、慣れない。
ふわふわとまた小さな泡が浴室内を漂う。バスタブの中に満たされた乳白色の湯船からは、湯気が立ち上っていた。
「誰かの背中を流すのなんて久しぶりだよ」
「そ、ですか」
「小さい頃家族で風呂に入ってた頃以来かなあ」
実は妹が二人居てね、そんな身の上話を楽しそうに臨也さんは語ってくれるが、まともに耳に入ってきやしない。へえ、臨也さんも小さい頃は家族とお風呂に入ったりしてたんだ、当然だよね、臨也さんだって人間だし。そんな風に思考できるのもたったの一瞬で、後は緊張に全てが上書きされる。
わしゃわしゃ、背中に擦り付けられるタオルの動きに、意識が集中しているのが自分でもわかった。
「あ、けど将来俺にも子供が出来たりしたら、こんな風に一緒に風呂に入ることにもなるのかもねえ」
「そう、ですね」
「……ねえ帝人君」
少し緊張しすぎじゃない?
不意に耳元で聞こえてきた声に、びくりと背筋が強張る。
「さっきまで俺の下でひんひん泣いてたじゃない。今更だと思うんだけどなあ」
「――――ッ!!」
瞬間、ぼっと火が灯ったマッチ棒のように体が発火する。急速に上がった体温が、多分体中を赤く染め上げていることだろう。背後でくすくすと臨也さんが笑う声がする。
(っしんじらんない)
いきなりなんてこと言い出すんだ、この人は!
けれどこの人に何も言い返せない時点で、僕に出来ることは何一つないのだ。ただただ、彼のこの気まぐれが早く終わることを、願うばかりである。
「そうやって愚直なまでに素直な反応してくれるから、君は面白いんだよね」
わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。
泡が背中に塗り込められる。今更になって気づいたが、僕の背中を流している臨也さんの手つきは、酷く優しい。一応は、腰が痛くて歩いてここまで来れなかった僕を、気遣ってくれているのだろうか。
なんだかもう、恥ずかしさと緊張で、どうにかなりそうだ。頭がくらくらする。
湯船にも浸かっていないのに、どうやらすっかり逆上せてしまったようだった。
(……早く飽きないかなあ、臨也さん)