別に最初からその気だった訳じゃあない。

そもそもこの恋愛"ごっこ"も俺の中では単なるお遊びだったし、いつもの調子で冗談めかしてからかって彼が慌てふためく様を見て楽しんで、そして自分の退屈を潰してそれで終わり。飽きたら構うのをやめて退屈になったらまたちょっかいかけて。

帝人君は多分、俺のこと本気で好きなんだろうなというのは早い段階で気づいていた。気づいていたからこそ俺はその感情を利用しない手はないと思ったし、そう思ったからこそ偽りの愛の言葉を告げて彼を恋人の座に彼を座らせて、そうしてこの恋人"ごっこ"を始めたのだから。
俺を神か何かと勘違いしてる妄信的な少女たちとは違う、恋する乙女そのものな純真な恋心を抱いた哀れで健気なこの子供は、果たしてどう俺を楽しませてくれるだろう。最後の最後に、絶望という淵に立たされたら彼はどうするだろう。そんな気まぐれ。そんなお遊び。
だから別に、体のつながりまで持つ必要はこれっぽっちもなかった。そういうことへの関心はどうやら帝人君は薄かったようだし、そもそも男を抱く趣味自体俺には存在しなかったから、セックスなんて恋情を確かめ合う手段が、俺の頭の中に湧き上がるはずもなかったのだ。

別に最初からその気だった訳じゃあない。流れか何か、多分そんな曖昧な空気によるものだった。何かのきっかけでそんな話題になって、気まぐれにそれをネタにしてからかって、いつも以上にうろたえるその姿にますます楽しくなってきて、そうして少しだけ度を過ぎた揶揄を繰り返しているうちに、こう、なった。




「ぁ、ぐっ、」

痛がるような潰れた声が聞こえて、俺は思わず指の動きを止める。これでも丁寧且つ慎重に解していたはずなのだが、やはり指といえど異物を排泄器官に銜え込まされるのは苦しいようだ。当たり前か、本来とは違う用途に用いているのだから。

痛い?と汗の浮かぶ背に問いかけると、帝人君は気丈にも首を横に振った。うつ伏せになっている彼の表情は分からなかったが、シーツを握り締めている手が真っ白になっていたから多分相当我慢しているんだと思う。俺は構わず指を動かした。

(まさか男を抱く日がくるなんてね)

予想外の展開だ。だがこんな予想外も、面白い。
初めて指を突っ込んだ男のそこは女のように柔らかくもなければ濡れもせず、解すのは非常に面倒ではあったが、なるほど悪くはなさそうである。何より俺の動き一つに敏感にぴくりと反応を見せる帝人君の様子を上から見下ろすように眺めるのは、楽しかった。

「ぁ……ぅ、」
「帝人君、もうちょっと腰上げて」

がくがくと足を震えさせている彼には酷のような気もしたが、帝人君は嫌がりもせずに素直に膝を立てた。今にも崩れそうな腰を掴んで指を引き抜いたそこに性器を宛がう。いれるよ、耳元でそう囁くと帝人君は耳の裏まで真っ赤になった。

「っ、ぁ、あッ、!」
「……、」

さすがに狭いしきつい。侵入は結構それなりに苦しかったが、俺でこんなに苦しいのだ、彼の方はきっともっと苦しいのだろう。痛みもあるかもしれない。だがそんなもの、俺にしてみたらどうでもよかった。

「ッ、はは、全部、はいったね」
「ん……っ、ふ、は、」

苦しげに息を吐く気配がする。中はどくどくと心臓のように血管が血を巡らせようと脈打っているのがリアルに感じられて、帝人君の呼吸に合わせて緩く律動する感触が中々良かった。結合部を見下ろして、意外と入るもんなんだなあと情緒の欠片もないことを思う。所詮人間なんて、快楽のためならば感情を捨てることも簡単に出来てしまう生き物なのだ。

「ねえ、動くよ」

返事は待たなかった。ゆるりと浅く引き抜いて、控えめにまた突き入れる。奥を突くとびくんと帝人君の背が撓って、締め付けが少しだけ強くなった。多分反射としての動きなのだろうが、俺としてはそれで全然構わない。きつくて動き難かったが、解した際に使ったローションの滑りもあってか単にそこが俺の大きさに慣れたのか、次第にスムーズに動けるようになっていった。

「ぁ、アッ、ぐっ、っん」

お世辞にも気持ちよくて喘いでいるとは思えないような歪な悲鳴ばかりが彼の口からは零れて、俺は体を帝人君の背に密着させて大丈夫?と問いかけた。横からちらりと窺った彼の顔は真っ赤で、けれど苦しげに歪んでいる。涙の痕がいくつも頬に散っていた。

「へ、き、です」
「ほんとうに?」
「ほっ、と、です……っ」

(嘘ばっかり)

遠慮しいというか何と言うか、彼の我慢強さには感心さえ覚える。そんなに俺のこと好きなのか、なんて思ってちょっと胸の中で笑ったら、帝人君がちらりとこちらを見上げてきた。どうしたの?優しい声を作って尋ねると、震える唇から声が紡がれる。

「いざ、やさん……は、きもちい、ですか、」
「もちろん、気持ちいいよ」

彼の好む笑顔ですぐさまそう返す。すると帝人君は、それまでの苦しげな顔が嘘のように、笑っ、た、

「、よかった、です……」

心底幸せそうに呟かれたその言葉に、俺は、心の奥のどこかが、変に軋んだ音を立てたのを確かに聞いた。まるで硝子がバリバリに割れるような。そして、その割れた破片で切り裂かれて出血したかのような、熱も。

(なんだこれ)

このセックスはただ快楽を追うためで、そこに心なんて必要なくて、気持ちよければそれでいい交わりだと最初からそのつもりでこの行為に及んでいたはずなのに、気づいたら酷く興奮している自分がいることに驚いた。さっきまでは醜いなあと思っていた帝人君の潰れた蛙みたいな声も、どうしてかその興奮を煽っていく。

たったの一瞬で、自分の心と体が、自分のものではなくなってしまったようだった。

(、きつ、)

性器が更に怒張したからか、圧迫感に眉を顰める。けれどきっとこの痛みも、回数を重ねていけば帝人君の方が慣れるだろうからなくなるのだろう。
無意識に次のセックスに思いを馳せている自分に気がついて、俺は今度こそ自分を嘲笑うしかなかった。




「疲れたでしょ。はい、水」
「ありがとうございます……」

ベッドに寝そべる帝人君は腰というか膝と腹筋が痛くて起き上がれないらしく、その様に少しは運動した方がいいよと苦笑すると恥ずかしげに俯いて水の入ったペットボトルを受け取った。それにちびりちびりと口をつけている姿は、なんとなく小動物じみている。自分で自分の発想にげんなりしながら俺はため息を飲み込んだ。

「……」
「……」

コチコチと壁掛け時計の針の音だけが響く。俺も帝人君も何も言わない。多分帝人君は何を言えばいいのか分からなくて困っているだけなんだろうけど。
俺はベッドの端に腰掛けた。あのね帝人君、といつもの調子で声をかける。

「好きだよ」

俺を見上げてぱちくりと目を瞬かせた帝人君は、次の瞬間に顔をくしゃくしゃに歪ませてぼろりと涙を零し始める。そりゃあ確かに突拍子もないことを言った自覚はあるが、泣かれるなんてまさか予想外すぎた。

「ちょっと、なんで泣くのさ」

だって、と鼻を啜る帝人君は色気もへったくれもない。今更だが、どうしてさっきこの子にあれ程までに欲情したのか、思い出せなかった。

「臨也さんが好きって言ってくれたの、初めてだったから」

そうだっけ?と思い返してみれば、確かに上辺だけの愛の言葉をたらたらと投げかけたことはあっても、「好き」という直接的且つストレートな言葉は言ったことがなかった。言う必要を感じなかった。そもそも帝人君のこと、当時の俺は好きでもなんでもなかったのだから。

「ありがとうございます」
「……なんでお礼?」
「今日、僕の誕生日なんです」

素敵なプレゼント貰っちゃいました、笑う帝人君から目を逸らして壁掛けの時計を見れば、日付はとうに変わっていた。そうか、今日は二十一日だったのか。

「こんな言葉一つで満足できるなんて、最近の高校生は物欲ってものがないのかな」
「僕はそれだけで、充分です」

不満も文句もありません、という晴れやかな笑顔でそう言われてしまえば俺は負けを認めざるを得ない。参った、本当に。惨敗である。
ただのお遊びと思って始めたこのゲームの、勝者は俺ではなくて、帝人君だ。彼に惚れてしまった俺の、負け。決定的な敗北。

「もう寝ようか。買い物には起きてから行こう」
「え?」
「プレゼント、ちゃんと買わせてよ。ケーキもね」

君の誕生日、ちゃんと祝わせて。




愛おしいと思ってしまった。ただの性処理の一環として抱いたはずだったのに、痛みも苦しさも自分のこと全部全部そっちのけで、俺が良ければそれでいいと笑った彼が、どうしようもなく、愛おしく感じた。この子本当に俺のこと好きなんだなと、そう実感した瞬間、湧き上がったのは確かに"恋"だった。
この折原臨也ともあろう男が。一介の男子高校生に恋するなんて。傑作だ、笑い話だ。


けどこんな予想外も、嫌いじゃない。


「誕生日おめでとう、帝人君」











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