初めて間近で見た瞳は、純粋な黒を閉じ込めた黒曜石ではなく、怪しく煌く赤い光彩を纏っていて、まるで血のようだと僕は見当はずれな事を考えた。
唇に感じたのは温かさだけで、それは長いこと僕の唇に触れていたように思う。いや、実際は一秒とか二秒とか、そのくらい短い時間だったのかもしれない。けれど僕にはどうしてかとても長い時間のように感じられて、ようやく温かさが離れたとき、彼は黒曜石と見せかけた赤い瞳を細め、口元に緩く弧を描いてみせた。

「初めてだった?」

主語のないそれが何を指しているのか分からず、ずるりと肩から鞄の紐が落ちかかったのにも気づかず、僕はとりあえず、はあ、と間の抜けた声を出した。このときの僕は、どうやら放心していたらしい。臨也さんはますます口元の笑みを深くして、もう一度初めてだった?と同じ問いを繰り返した。そのときになってようやく、僕は彼が何を言っているのかに気づく。

「は、はい」
「そう。どうだった?」

肯定すれば今度は感想を求められて、僕は返答に窮した。どうだった、といわれても、突然のこと過ぎて意識が追いつかなかったし、感じたのはあったかいなあっていう、それだけだ。でもこれは臨也さんが求める返答としてはふさわしくないのだろう。僕は正直に、ぽかんと間抜け面を晒したまま答える。

「、よく、分からなかったです」
「そう」

くつくつと笑う臨也さんは、何が楽しいのだろう。僕には理解不能だ。っていうか、あれ?僕何をしてたんだっけ。何で臨也さんがここにいるんだっけ。学校帰りだったような気がするけど、びっくりするほど鈍い回転の頭は、少し前の自身の行動を振り返ることすら出来ないらしくて、僕はその事実に愕然とした。

「じゃあ今度はちゃんとした奴してみる?」

また意味不明な問いかけがなされ、僕はやはりぽかんと、間の抜けた顔で彼を見つめていた。うんともすんとも言わずにぼけっとしていれば、答えを求めるように臨也さんが小首を傾げる。女の子がやるような仕草なのに、臨也さんがやると途端かっこいい所作に変貌するのだから、イケメンは何をしたって得だ。

「ちゃんとしてるとかしてないとか、あるんですか」

なんとも色のない声、というか心の篭っていない声が出たものだと我ながら感心する。未だ心はここにあらずのようである僕に対し、臨也さんはお腹を抱えそうな勢いで肩を震わせて笑い、ぐい、と顔を近づけてきた。

「大人のキス、ってことだよ」

へえそうなんですか、胸の中でそんな風に投げやりに呟いた途端、また黒曜石が迫ってきて、赤い煌きにぞろりと射抜かれた。口唇に感じたのはやはり温かさだけだったが、それが急に蠢いて濡れた感触をもたらす。舐められた、と思った頃にはもう、何故か僕の口は開いていて、何故か臨也さんの舌が中に入ってきてて、何故か体を抱きしめられていた、何故か、

(っていうか、なんで僕臨也さんとキスしてるんだっけ)

その瞬間、僕は思いっきり、臨也さんの腹をぶん殴っていた。

どうやら僕の頭は二度目のキスに至るまで完全に思考を停止していたらしいことにようやく気づいてしまって、なんとも自分が情けなくなった。




(返せといえば返してくれるんですか、僕のファーストキス)






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