※軍パロ




「戦場に命の価値を求めてはいけない」

そう言ったのは、僕の命の恩人であり、師であり、そして、上官だった人だった。
亡骸を前にして泣き続ける僕に、彼は非情なほどあっさりと、けれどそれが当然だと言わんばかりに、僕にこの世界の"真理"を語って聞かせた。

「戦場を存在意義にするのはいいよ、中には戦争そのものを生き甲斐にしている人だっているしね。けれど命の価値について議論するほど愚かで滑稽なことはないから、これだけは君も覚えておくといい。いいかい、戦場において、命は須く無価値だ。君がそうしてその亡骸の前で涙を流すのも、その亡骸が元は君に懇意にしてくれた信頼できる先輩であった事も、死してしまえば何の意味もなくなる。軍人が一人戦場で戦死した、軍の駒が一つ減った、ただそれだけなんだよ」

赤い目をしていた。その人は名を折原臨也といい、赤い瞳で常に他者を値踏みするかのように、嘲るかのように笑っている人だった。初めて出会った時、彼は軍服ではなく黒いコートを身に纏っていたから、その黒が逆にその人の存在の不可思議さを浮き彫りにしていた。

「俺も君も、一度戦地に赴けばその時点でただの"軍人"さ。そこに過程は必要ない、戦死した時点で残るのは死という結果、ただそれだけだ。俺たちの死亡はただの死者報告書で処理されるだけ。紙切れと同じ扱いなんだ、それをいちいち君みたいに泣いて喚いてたら時間の無駄だよ?それこそ誰かが死ぬなんて日常茶飯事なんだから」

僕は、戦争孤児という奴だった。本当なら僕も死んでいただろう場面で臨也さんに命を救われ、そして彼の属する軍に連れていかれたのが始まりだ。「君は今日からここで駒として生きていくんだ」やけに楽しげに紡がれた言葉を、僕は今でも覚えている。


「骨格からして対して育たないと思うから、君には諜報活動を専門に行ってもらうことにするよ」
「ちょうほう活動、ですか?」
「ちょっと難しい言葉かな。つまりは情報を集める仕事、って事だよ」

臨也さんは不思議な人だった。雰囲気からしてどこか普通の人とは違う感じがしていたが、彼の真意や言動に予測がつかない部分が、彼には多々見受けられた。
優しい顔で僕に笑いかけて、甘い言葉で僕に声を聞かせる。まだ小さく読み書きが不慣れで知識も乏しかった僕に、臨也さんは面倒くさがる素振りも見せず、一から教養を学ばせてくれた。
優しい人なのかもしれない、最初はそう思った。けれど時間がたつに連れて、命の恩人であり僕の唯一の味方だった彼を、僕は段々怖いと感じるようになっていった。


「っ、ぐっぅ……!」
「言ったろ、そんな尾行じゃすぐに感づかれる。俺が敵だったら、今帝人君は確実に死んでいた」

蹴られた鳩尾が痛くてその場に蹲るも、臨也さんは僕を気遣う素振りすら見せない。くるりと右手でナイフを弄びながら、目線をあわせるようにしゃがみ込んだ。

「いつも言ってるよね、訓練だろうと演習だろうと、常にそれは実践と同義であるって。今日も君はまた一回死んでいる。通算でもう何百回になるのかな、君が死んだ回数は」
「、ごめ、なさい……」
「実際の命はたった一つだ。たった一回殺されるだけで君は死ぬ。今よりももっと痛みと苦しさを味わいながらね。だから気を緩めるな、俺を敵と思え、甘えを見せたらその場で殺す」

ひたりと首筋に添えられたナイフに、僕は小さく頷いた。もう幾度と聞く彼の言葉だ、僕はもう幾度となく臨也さんに殺されている。
僕の頷きに満足したのか、臨也さんはそれまでの凍えるような、雰囲気だけで人を殺せるような気配を引っ込めると、途端にこやかに笑んで見せた。ナイフをたたんでしまい、蹲る僕の背を撫でる。

「もうこんな時間だね、そろそろ休憩しよう。疲れたときには甘い物が一番だし、また君のお気に入りのクッキーを持ってこさせるよ」

さっきまでの彼が嘘のような豹変ぶりだった。けれど僕はもう驚かなかった。それが臨也さんなのだ。真意も言動も予測がつかない、それが折原臨也という人間。
意味が分からないからこそ怖かったし、何を考えているのかも読めないから、怖かった。
分からないことだらけだったけど、けれど一つだけ確かなこともある。
彼は、軍人としてはとても、有能な人間だった。部下の育成においても、他の模範になるような、そんな上官だった。


「っふ、く、ぁっ……」

あまりの痛みに意識を飛ばしかける。直腸に突き刺さる男性器は凶器そのもので、拡張される感覚にはどうにか慣れてきたが凶器を銜え込まされるのには相変わらず慣れなかった。
上から明らかなため息が聞こえて、僕は瞳をゆるゆる開ける。

「何回やっても慣れないねえ……駄目だよ、意図して後ろを締め付けられようになんなきゃ。それじゃあ男は喜ばない」
「、ぐっ、あぁっ!」
「声も、もっと甘くて媚びるように喘がなきゃね」

散々指でなぞられ場所を覚えさせられた前立腺とやらを性器が抉れば、体は一応こんな暴力みたいなセックスにも感じて達することはできる。けれどそれだけでは駄目なのだと、臨也さんには何度も怒られた。
自分で後ろを解して穴を広げて男を誘って、そうして男の快楽全ての支配権を得て翻弄できるようにならなければ駄目だ、と。
僕には一生かかっても無理だと思えるようなことを、それでもみっちり教え込むのが臨也さんだ。はっきり言ってスパルタだ。そうやって僕は否応なしにある意味無理矢理彼の教えの全てを体得してきたが、こればっかりは無理そうだ。
律動に感じるのは痛みの方が大きく、そんな痛みと激しい快感の中で理性を保っていることなんて到底できない。未だに挿入されただけで意識を飛ばしかける僕が、主導権を握るのなんてこの先きっと不可能だ。
軍人として生きるにはセックスが必要なのかと、僕は臨也さんからようやく及第点を与えられた日に尋ねたことがある。

「ただ戦地に行って戦って死ぬだけなら不要だよ。でも君の役柄では必需品、とまではいかなくても必要になる場面は多々ある。人間は快楽には率直だからね、情報を集める上でセックスは有効な手段だよ。ああでも、君の場合は最終手段にしておいた方が賢明だね。及第点はあげたけど、正直お粗末だ。まあそういうのが良いって奴も世の中にはいるんだろうけど」

疲れきった僕とは違って、シャツを羽織り着替えを進める臨也さんは普段通りだった。あれしきの運動、まるで意に介していないようだ。
及第点はもらったが、正直僕は仕事上必要に迫られたとしても、あまり臨也さん以外とセックスはしたくないと思った。痛いし苦しいし、正直後が辛いからしたくない。というか臨也さん以外の相手をまともに出来る自信が少しもなかった。

武器の扱い方、戦場での真理、人の殺し方、情報の集め方、使い方、そして男の悦ばせ方。
全部全部、臨也さんから教わった。臨也さんが、僕の体にそう教え込んだ。
何を考えているのか読めなくて、何をしたいのかもわからなくて、全然予測が出来なくて怖かったけれど、それでも臨也さんは僕にとっての全てだった。僕が生きてきた世界は臨也さんのいる場所だけで、軍内部で軍人として生活してはいたがやはりすぐ側には臨也さんがいた。
僕の世界の大半は、臨也さんで占められていたのだ。

ある日、臨也さんは僕の前から忽然と姿を消す。臨也さんがいなくなって、そして僕はその時になって、案外と自分が一人でも軍人としてやっていける程に成長していたのに、気がついた。
そしてようやく、自分が独りぼっちだったことにも、気がついた。




「また泣いてるのと思ったよ」

そして、自分が独りぼっちなのだと気づかされたあの日から、数年。
軍の敷地内の隅に申し訳程度に作られた墓。西日に染まる墓標の内の一つの前で立ち尽くしていた僕の耳に、数年前と何ら変わらない声がかけられる。

「もう、泣きませんよ」
「そっか。かわいくない」
「……お久しぶりです」
「うん、久しぶり」

僕の隣に並んだ彼は、初めて会った時と同じ黒いコートを纏い、赤い瞳で墓標に視線を落としていた。何も変わらない、変わってしまったのは僕の方だと、思い至る。

「恩師だったんだろう?戦地で凶弾から君を庇ったって聞いたよ。俺としては、君がまた昔みたいに墓の前でぴーぴー泣いてるのを期待してたんだけどなあ」
「……だからもう、泣きませんって」

何も変わらない、赤い瞳もそれを細めて人を嘲笑う笑みも神経を逆撫でする嫌みも黒い装いも。
変わったのは、僕だけだ。

「あなたがそう、教えたんじゃないですか」

否、変えられた。この人に、この男に。
体の隅から隅まで、体内のありとあらゆる箇所を、精神の根本から、全て。
この人に、変えられた。変えられて、彼の色に染まって、そして、もう元の色さえ、思い出せなくなっていた。

「……そうだったね」

昔を懐かしむようだった。僕がまだ小さくて何も知らない、無知な子供で。世界の全てが彼だけで、置いていかれないように彼の後ろを一生懸命ついて回っていて。
懐かしい、と思った。それほど昔のことではないのに。どうしてだが懐かしくて、そして、なんだが泣きたくなった。なんでだろう。

(……そっか)

あの頃に戻りたいかと聞かれたら、少し微妙だ。戻りたくはない。
けれど、あの頃は、何も知らず、ただ彼に従って、彼の側にいればよかった。しがらみとかそういうのを気にすることもなく。

彼を、ただ好きでいることができた。

それだけが、どうしようもなく懐かしくて羨ましくて、泣きたくなるくらい、もうそれが出来ないのが悲しかった。
恩師の死には涙腺は緩まないくせに、こんなことで簡単に緩んでしまう涙腺に、少しだけ笑う。彼はその笑みに気づかなかったのか、特に何も言わずただ黙って僕の隣に立っていた。
西日が消えていく。濃紺の空が広がり始めた頃、最初に動いたのは僕だった。

「さて、」

少し距離をとって、彼に対峙する。彼も僕に向き合った。

「お帰りなさい。お待ちしておりました――――折原准将」
「ああ、留守中ご苦労だったね。竜ヶ峰少佐」

そこにあるのはもう、"軍人"の顔だった。










「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -