場違いだ、吐いたため息はもう何度目だろう。数えるのなんて数時間前に止めてしまったけれど、ため息を吐くのだけはやめられない。場違いだ。

広いホール内には豪華な、そうまさに僕みたいな貧乏学生が手も出るはずがない豪華絢爛な食事が所狭しと並べられている丸テーブルが、等間隔に置いてある。給仕に勤しむウェイターがシャンパンやワインを持って器用に人の波をすり抜けながら歩くのを、僕は感心しながら眺めていた。片手にグラスとボトルの乗る決して軽くはないだろうお盆を持ちながら、どうしてあそこまで淀みなく人にぶつからずにホール内を歩けるのだろうか。ちょっとすごい。
立食形式になっているパーティー会場には着飾ったご婦人やスーツ姿の男性、まさに紳士淑女の集いの場の様な風景。談笑しながら食事とお酒を楽しむ、言うならば大人の空間だ。

そんな紳士淑女が集うパーティー会場に、何ゆえ僕の様な貧乏学生である高校生が紛れ込んでいるのかというと、それを説明するのにはものすごい時間を要する事になるので出来れば省きたい。まあそれでも無理矢理色々と省いて限りなく短い文字数で説明するならば、そう。

「そうでしたか、それはおめでとうございます」
「いえいえ、これも奈倉先生のお力添えあっての事ですよ」
「またご謙遜を」

僕から数メートル離れた先で優雅にワイングラスなんかを煽りながら取引相手か仕事相手か、おそらくその辺りだろう初老の男性と軽やかに会話をする、折原臨也に無理矢理連れて来られたから、である。あれ、これ別に短くもなんともないや。

ちなみに僕の手の中にあるグラスにはオレンジジュースがなみなみと注がれている。ちびちびとそれに口を付けているが、正直僕は呑気にジュースを飲んでいられる気分ではない。
着なれないスーツはいつも間にやらサイズ測定したのか、僕の体にぴたりと合っている。それに突っ込む気もむしろ湧かないのだから、僕も大概流されやすいなあとまたため息をついた。

「いい、君は"奈倉の弟"だからね。ああ、お兄さん大好きっ子ってなってるからそんな感じでよろしく。設定としては都内の私立校に通う出来の良い弟で将来有望な俺の次期後継者だから」

じゃあ行こうか、学校帰りの僕を半ば誘拐の様に自宅に連れて行き半ば無理やりスーツに着替えさせ、そして意味の分からない事をつらつらと述べ呆然としている僕を半ば強引に車に乗せここに連れてきた張本人は、一体何を考えているのだろうか。というかこのパーティーは一体何なんだ。これも情報屋の仕事の内なのだろうか。情報屋ってこんな表立ってパーティーとかに参加しなきゃいけないのだろうか。というかそもそもなんで僕は弟なのか。弟という存在がどうしても必要な仕事だったけ、情報屋って。

「おかわりはいかがですか」
「あ、はい、ありがとうございます」

ぼーっとしてたらいつの間にか近づいてきてたウェイターさんに声を掛けられていて、慌てて自分の手元に視線を落とせば手の中のグラスはいつの間にか空になっていた。人当たりのいい笑みを浮かべたウェイターのお兄さんはグラスごと僕に新しいオレンジジュースを手渡すと、一礼して去っていく。なんというか、すごい颯爽としていてかっこいい。

新しいジュースに口を付けながら、ちらりとまた臨也さんへ視線を戻した。先ほどよりも少し離れた場所で、今度は数人と会話を楽しんでいるその姿は、普段ファーコートを纏い人を嘲笑うような笑みを浮かべている臨也さんとは大違いで少し調子が狂う。着ているのもスーツだし、それが嫌味な程に似合っているせいか、それとも浮かべている笑顔が好青年そのものの表情だったからか、とにかく変な感じがする。

最初に臨也さん、基奈倉さんの弟として紹介された時にはそれなりに色々な人から声をかけられたりもしたのだが、結局は僕はお飾りなわけで、今ではホールの隅でただジュースを飲む事しかできない。そもそも場違いなんだって、僕みたいな貧乏学生にこんな場所。本日何度目か分からない、ため息。

ふと視線を横に向けると、テラスへ続く扉が見える。鍵はかかっていないようで、どうやらバルコニーに出れるらしい。ホールに入る前に教えられた注意事項にテラスに出てはいけない、というものはなかったから、多分出ても怒られはしないだろう。人のざわめきとこの雰囲気に少しだけうんざりしていた僕は、静かさと落ち着きを求めてテラスへの扉を押した。

「涼しい……」

広々としたテラスの手摺に凭れかかり、外を見下ろす。来た時は意識していなかったが、この会場にはどうにも立派な庭がありとっぷり日が暮れた今でも淡い光でライトアップされている。その景観の美しさを眺めながら、首元のネクタイを緩めた。夜風がホール内の熱気に当てられた体に心地良い。

「帝人君、」

どのくらいぼんやりしていたのか、名前を呼ばれて振り返るといつの間にテラスに出てきていたのか、臨也さんが立っている。さっきまでの話し合いは、終わったのだろうか。

「臨也さん、もういいんですか?」

正直不満がないと言ったら嘘になる。こんな所に無理矢理連れてきた挙句ほっぽいて、一体どういうつもりだ!と怒鳴ってやりたい。だからちょっとした皮肉も込めて言ってやったのだけども。

「っ、!」

突然二の腕を引っ張られたと思ったら、窓から死角になる場所まで引き摺られた。何するんだと臨也さんを見上げた時には時既に遅く、口を塞がれた後で、声も上げられない。何で塞がれたって、そんなの、決まってる。
臨也さんの、口唇で、だ。

「っ、ん、んんぅ」

ねっとりとした舌がいつもより熱い気がして、眩暈がする。どうしてか僕の体温も急激に上がって、いつものキスとは違うその感覚にぞわりと背筋が粟立った。

「ふっ、いざ……んぁっ、」

キスの合間にどうにか制止をかけようと臨也さんの名を呼ぶが、止まる気配は微塵も無い。いつもならこんな、近くに人がたくさんいる状況で無理を強いるような事を臨也さんは絶対しないのに。時と場所を、一応は弁えてくれる心身ともに大人であるはずなのに、今日は何処か様子が違った。僕はキスに翻弄されながらも、壁一枚、扉一枚挟んだ向こう側に人がいるというその事実に内心冷やりとする。

(、あつい)

そんな理性も、熱さとキスの気持ち良さにどろりと溶けだしていく。なんでこんなに熱いのか、臨也さんの唾液を送りこまれて必死に嚥下して、けれどそんな暇は与えないと言うように舌を絡められて、吸われる。伸びてきた指が不躾に僕の緩んでいたネクタイを剥ぎ取り、スーツまで脱がしにかかる。

「っ、いざっ……いざや、さん!」
「、なに」
「……おさけ、くさい、です」
「そりゃ、飲んでたからね」
「っんぅ」

また唇を塞がれる。キスの合間、臨也さんの舌から伝うそれは確かにお酒の味で、ああ、だからいつも違うのかと一人で納得する。酔ってるんだ、この人。だから、いつもと様子が違うんだ。

(この人でも、酔ったりするんだ)

あまり酔いが顔に出ない人なんだなと、そんな風に頭の隅で考えながら、お酒の味がする舌を必死で吸う。僕も酔ってきているのかも、と他人事のように思った。

「、帝人君」
「っ、なん、ですか」
「……あんま、俺の傍から離れないでよ」

酔っているからか微かに呂律が回っていな口調に、目を見張る。いや、というかなんと横暴な物言いだろうか。勝手に僕をこんな所に連れてきて放置したのは臨也さんのほうなのに、俺から離れるな、だなんて。

(横暴だ)

けれど、そんな横暴な物言いをする自分勝手な臨也さんに、怒る気持ちは今はこれっぽっちもないのだから、僕も本当に、流されやすい人間のようだ。
こんなキス一つで、絆されてしまうんだから。


まだ人のざわめきが近くに聞こえる。隠れてキスする僕らは、けれどそんな事、もう気にしていないのだった。










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