恥ずかしかった。顔から火が出るなんてレベルじゃなく、もう体中火だるまになるのではないかと思うほど、恥ずかしかった。

「二百十円です」

百円均一ショップ内には昼間だからだろう、それなりに客が入っていて賑わっていたが、まず間違いなく客の視線は僕達に注がれている。僕はもう恥ずかしくて恥ずかしくてこの場から消えてしまいたいくらいなのに、隣に立つ臨也さんは周囲からの視線なんて意にも介さず、お財布ケータイとかいう奴で颯爽と支払いを済ませていた。

「じゃ、行こうか帝人君」

臨也さんに促されるまま店を出る。最後まで周囲の視線を独占していた僕らは、しかし店の外に出ても視線を集めるのだった。




拒否権もなく臨也さんの仕事に付き合わされる事となった僕は、それじゃあ急ごうかとさっそく歩き出す臨也さんの腕を慌てて引っ張った。

「ちょ、このまま行く気ですか!?」
「そうだけど?」
「いや、あの……通報とかされません?」
「通報?ああ、これね。まあ、されるかもね」
「そもそもこんな格好で歩いてたら変に視線を集めるでしょうし……」

敢えて言おう。僕と臨也さんの手は手錠で繋がっているのだ。こんな姿で歩けば奇異の視線を集めるのは間違いないだろうし、警察に通報だってされかねない。とにかく、これでは僕らは変質者扱いだ。
臨也さんは少し考える素振りをしたかと思うと、名案を閃いたとばかりに僕の方へ向き直って笑って見せた。何かいい考えでも浮かんだのだろうか、そう思ったのも束の間、ぐいっと手錠で繋がっている左手を引っ張られる。臨也さんの右手に掴まれた左手はしっかりと握り締められ、そしてそのまま自然な動作でポケットにしまわれた。

「は、え?」
「ほら、これなら手錠してるなんて分からないだろ」

いや、確かにそうですけど。いや、でも、あの、これって。

(……恋人とがやる手の繋ぎ方、では?)

繋いだ手をポケットに、だなんて。現実世界では間違っても目にしない恋人繋ぎだ。まさかそれを現実に、しかも男の人とやる事になるだなんて。
ぽかんと呆気に取られている僕をほっといて、臨也さんはさあ行こうかと歩き出す。確かに、これで手錠は周囲の目から隠せる。でも、これって、違う意味で目立つのではなかろうか。
見目麗しい青年と男子高校生が仲良く恋人よろしく手を繋いで歩いている図、なんて。
手錠並に、目立つ気がする。


そして案の定である。とりあえず臨也さんの仕事先の人間に会いに行くのに僕の顔が知られると色々と不味いから、という理由で帽子と眼鏡を調達する事になったのだが。
道を歩けばすれ違う人漏れなく全員が僕たちの手を凝視し、そして不思議な顔をしていく。中には明らかに変な顔をしている人もいた。そして帽子と眼鏡を買うために入った百円均一ショップでは店内の客ほぼ全ての視線に晒され、店員からの不躾な視線に貫かれ、僕の羞恥心の許容量を試される事となった。臨也さんは全く気にしていないようだったが、何故そんなにも平然としていられるのかが僕には分からない。

(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ)

買ってもらった眼鏡をかけ帽子を目深にかぶり、僕は終始俯いて歩いていた。恥ずかしさと変な緊張のあまり手汗もびっしょりで、ポケットの中で臨也さんに握られている掌が気持ち悪い。けれどそれすらも、彼は意に介していないようだ。

「……あ、の、」
「んー?もう少しだから」
「そ、ですか……」

ほらあそこだよ、臨也さんが示す先に見えるのはさほど大きいわけでもない公園だ。

「君は黙ってればいいから」

若干の不安に捕われながら臨也さんを見上げると、そう笑みを返される。臨也さんの仕事、情報屋の仕事なんてどんな事をしているのか想像もつかないけれど、顔を見られたら不味いと言うくらいなのだからやはり危険が伴うものなのだろう。僕みたいな一般人が関わっていいのかどうか、今更になって芽生えた恐怖心と格闘する僕の心情を無視するかのように、臨也さんは公園内に足を進めていく。そして隅の方に備えられたベンチに近づくと、その端に腰を下ろす。僕も習って腰を落ち着けた。
反対側の端には足元に群がる鳩へ餌を捲くおじいさんがいるだけで、公園内に人影は疎らだ。一体仕事先の人間とはどんな人なのだろう。黒服のいかにも、な雰囲気の人なのか。思いっきり強面の堅気ではなさそうな雰囲気の人なのか。

「……遅かったな」
「いやあ悪いね。少しトラブルがあってね」

僕が今か今かとその仕事先の人間を待ちわびていると、不意にベンチの端に座っている老人が低い声でそう問うてきた。びっくりして肩を震わせる僕とは対照的に、臨也さんは目の前の鳩から視線を外さずに落ち着いた声で返事をする。も、もしかして。

「……そいつは?」
「ああ、彼は俺の助手だよ。まだ若いけど優秀でね、俺の後継者第一候補ってところかな」
「あんたがそこまで言うのも珍しいな」

普通に会話を始めてしまった臨也さんとおじいさんに、僕だけがついていけてない状態だ。そのまま二、三とよく分からない言葉を交わす二人に、僕はようやく理解する。僕が脳内で思い浮かべていたような黒服でも堅気ではない強面の男でもなく、このどこにでもいそうな老人こそが、臨也さんの仕事相手、なのだ。

「……それじゃあね」
「ああ。世話になった」

最後に臨也さんが何かしらのメモを老人に手渡すと、そこで仕事は終わりらしい。意識が完全に飛んでいた僕を引きずる様に立ちあがった臨也さんに引かれ、僕も慌てて立ちあがる。ちらりと去り際に老人を振り返ったが、既に老人は公園内の風景に溶け込んでいて先程の様な鋭い気配は感じなかった。

「悪いねえ、付き合わせて」
「……もう終わりですか?」
「うん、急ぎのはね」

公園から離れ、また人通りのある道を歩く。そして再び晒される視線の渦。正直もう、帰りたい。臨也さんの仕事とやらはもう終わったのだから、本当にもう帰らせて。未だに緊張の抜け切らない体を持て余しながら臨也さんに帰宅したい旨を伝えようと顔を上げる。
しかし臨也さんは僕の胸の内などつゆ知らず、いや、むしろ知っていてそんな嫌がらせをしているのではないか?と疑いたくなるような発言をしてくれたのだった。

「そういえば帝人君は買い物に行く途中だったんだっけ」
「はい、そうですけど、」

まさか、もしかして。

「俺の用事に付き合ってくれた御礼に、今度は俺が君の買い物に付き合うよ」

やっぱりそうきたか!思わず心の中で叫んだ直後、僕はものすごい勢いで首を横に振った。冗談じゃない、そんな提案を受け入れてたまるか!

「い、いえいえいえ!大丈夫ですからっ!」
「いいよ遠慮しなくても」
「ほんと、大丈夫ですからっ!お気になさらず!」
「あ、折角だしおごってあげるよ」

全く話を聞かない男、の称号を与えたくなるくらいに彼は僕の話を聞いてくれなかった。嬉々として僕の手を引きスーパーへと足を向け始める。どうしようどうしようどうしよう。致し方ないとはいえこんな、こんな状態でさらに人が集うスーパーに行かなければならないなんて。
まるで死刑宣告を受けた死刑囚のように、というと少しオーバーかもしれないが、とにかくもう羞恥心で死んでしまえると思えるほどの絶望感を伴いながら、僕は最後の抵抗とその場に踏みとどまる。一歩も進まないぞ、そういう意思表示だったのだが。

「ほら、なにしてるの帝人君」
「っわ、」

ポケットの中の手を引かれてしまえば、僕の体は呆気なく傾ぐ。この時僕は、改めて自分と彼との力関係を目の当たりにする事となった。そうだ、力では圧倒的に臨也さんの方が上だ。そうなると、手錠で繋がれた状態では絶対的な主導権が臨也さんにある事になる。僕があっちに行きたいこっちに行きたいと言ったところで、力が上な臨也さんに引っ張られればそちらに従うしかないのだ。

(……僕、逃げられない?)

いや、手錠がはまっている時点で逃げる逃げないもないのだが。
というか買い物に行くよりも先に、まずは手錠を外す事を考えましょうよ!
その叫びを口にするよりも先に、急に頭上から影が降ってくる。あれ?と思う暇もなく、今度は腕を引かれるとかそんな生易しい衝撃ではない、どん!と体を突き飛ばされるような衝撃が体を襲った。

「っ!」

がっしゃん!と金属が破裂するような音に状況把握も何もできず、反射的につむっていた目を開けると視界いっぱいに広がっていた黒。それが臨也さんのコートの黒なのだと気付くのと同時に、耳に入ってきたのは血を這うような声だ。状況の目まぐるしい変化に混乱していた僕は、一瞬でその声が誰のものかを理解できなかった。

「いーざーやーくーん……」
「ったく、ほんっと空気読めないよねえシズちゃんは」

呟いたと思ったら、臨也さんは僕を立ちあがらせてすぐさま走り出す。もう手錠に繋がれた手はポケットに入っていない。剥き出しになった手錠に慌てる事も出来ずに僕は走った。
背後を見遣ればさっきまで僕らが歩いていた場所に潰れた自販機が落ちているのと、標識を振り回す静雄さんの姿が見える。庇われたのだ、と気付いた。

「帝人君、しっかりついてきてよ」

手錠で繋がれた手。しっかり握られた手。
臨也さんは走っている間も、握っている手を離す事は無かった。










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