突然だった。
特に前触れもなく、それは突然だった。

「脱いで」
「は?」

ある晴れた学校帰りの事だ。ポケットの中で唐突に鳴った携帯。最近付き合うようになってから見慣れた名前の相手からのメール。開けば、彼らしいというかなんというか、三行メールですらない一文がそこには記されていた。

『すぐ家まで来て』

彼の突拍子もない言動にもここ最近の付き合いの中で大分慣れてきたから、僕はまた臨也さんの思い付きか何かだろうと気にもせず新宿へ行くために駅へ足を向けた。特に寄り道する予定も無かったし、臨也さんの予定を断るつもりもないくらいには僕はあの人に惚れているから、大して気にしなかった。本当に何も、気にしていなかった。

そして、何も気にせずのこのこと彼の自宅へ訪れた僕は、冒頭のような突拍子もなさすぎる要求を突き付けられる事になる。

「聞こえなかったの」
「いえ、聞こえましたけど……」
「なら早く脱いで」

心なしか不機嫌そうな臨也さんに急かされるも、はいわかりましたと頷くには些か抵抗がある。僕と臨也さんは、確かにそういう関係の間柄で、そういう事もそれなりにしてるけれど、その、こんな明るいうちから、そういう事をするのはちょっとというか。
そもそもいきなりムードとかそんなの全くなしにそういう事を言われたのが初めてだったから、僕は動けずに固まってしまう。
焦れたのか、硬直して鞄の紐を握ったままの僕に臨也さんは舌打ちをして近づいてくる。腕を伸ばされて咄嗟に身を引くが簡単に腕を掴まれてしまった。

「っ、」
「逃げるなって」

そんな事言われても無理です!とは叫べなかった。この人に本気になられたら僕がどんなに抗っても無意味だと理解しているし、逆らって彼の逆鱗に触れてしまうのもまた得策ではない。僕はされるがままでいるしか、選択肢が無いのだ。

鞄を掴まれたかと思うとそれをあっという間に奪われ部屋の隅に放り投げられた。そのまま有無を言わさぬ力と乱暴な手つきでブレザーを脱がされてしまう。こうなればもう、後はどうなるかなんて分かりきっているから、僕はぎゅっと目を閉じた。
恥ずかしいけど、嫌いなわけじゃない。無理矢理されるのは怖いけど、でも臨也さんの事は好きだし、大丈夫。そう自分に言い聞かせ、自然と熱くなってしまう頬を自覚しながら臨也さんの行動を待つ。すると、ぼふりと体を何かに覆われる感触がした。

「へ?」

思わず目を開ける。臨也さんは僕から一歩引いた所に立ってまじまじとこちらを見ていた。僕は何が起こったのか分からずとりあえず自分を覆うそれを確かめようと視線を落とし、何が起きたのかをすぐに理解する。
臨也さんのトレードマークとも言えるファーコートを、僕は被せられているらしかった。

「あ、の……」
「ね、袖通してちゃんと着てみて」
「はい……」

意味が分からず混乱のあまり、思わず言う通りにコートを着てしまう。臨也さんのコートは僕には大きいらしく、全体的にだぼついていた。彼が着るととてもスレンダーな印象を受けるのに、意外と着やせするタイプなのかもしれない。袖もあまっていて、ちょっとまくらないと手が出て来ない。
これでいいのかなと臨也さんをちらりと見上げる。すると彼は神妙な面持ち、というか酷く険しい顔つきで僕を凝視した後、ぽつりと独り言のように零した。

「……確かに結構いいかも」
「あ、あの……臨也さん、」

これは一体どういう事ですか、そう尋ねたかった。いきなり呼び付けられていきなり脱げと言われいきなりコートを着せられて。意味が分からない。理解できない。臨也さんの思考回路はちょっと特殊すぎて僕がついていけない事も多々あるが、今日のは本気で意味分からない。
そんな思いで紡ごうとした言葉は、しかし彼の胸に吸い込まれて消える。

「ぶっ!」
「……抱き寄せられたんだからさ、もっと色気ある声出せないの」
「そ、そんなこといわれても……」

何で抱きしめられている。
何で僕はコートを着きせられた揚句抱きしめられているんだ。

「今日仕事で新羅のとこ行ったんだ」
「岸谷さんの……?」
「そうしたら惚気を延々と聞かされてさあ」
「はあ……」

それと今の一連の行動に一体どんな関連性があるというのだ。

「そん時に盛大に豪語されたわけだよ。『彼シャツは最高だ!』って」
「……はい?」
「君も恋人がいるなら一回はやるべきだ、あれの破壊力は人間として生まれてきた事を神に感謝したくなるくらいに強烈なものだよ」
「……?」
「って新羅に散々に自慢されたわけだよ」

だから試してみたかったんだよね、と臨也さんは言った。彼の胸に顔を押し付けているから臨也さんがどんな顔をしているかは分からない。
つまり、臨也さんはその彼シャツ、というのをやりたかったのだろうか。シャツじゃなくて、今僕が着てるのはコートだけど。

「……それで、感想は?」

おそるおそる尋ねてみると、微かに体を離した臨也さんが見た事のない酷く爽やかな笑顔で言った。

「こうして衝動的に抱きしめたくなるくらいには、いやむしろ抱きしめて離したくなくなるくらいには、最高」

その見た事もない爽やかな笑顔がとても幸せそうで、僕は恥ずかしさを誤魔化す様にフードを被った。











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