「臨也との生活はどう?」

そう岸谷さんは尋ねてきた。唐突なそれに一瞬面喰うも、僕はすぐに「大丈夫です」と返事をした。返事をしてから、これでは何が大丈夫なのかちっとも分からないではいかと思い、付け足すように口を動かす。

「臨也さん、優しいです。だから生活にはあんまり困ってません。むしろ、楽しいです」

目が見えない僕に同情してなのか、それとも少なからず自分に責任を感じているのかは知らないけれど、(僕を襲った人たちは臨也さんに私怨があったらしいという事は、後々知った)彼は僕に対して酷く優しかった。常に僕の事を気遣って、食事でもお風呂でも移動の際でも、彼は僕に尽くしてくれた。いっそ彼の人格を疑ってしまうほどに、彼は優しかった。

それを素直に伝えると、かちゃかちゃと岸谷さんが何かを弄っていたらしい音が止んだ。どうしたのだろう、と首を傾げると、はあ、と盛大なため息を彼は吐く。

「歪んでるね」

どうしようもなく、吐き出された言葉は臨也さんの事を言っているのだろうか。岸谷さんはそれ以上その話に対しては何も言わず、ただ「出来たよ」と話をそらすように僕にそう言った。

「これで少しは視力が矯正されると思うんだけど」

今日は岸谷さんの家にお邪魔しているけど、もちろんただ単に遊びに来たわけではない。
岸谷さんは、僕の視力を補うために特注で眼鏡を作ってくれたそうなのだ。その調整のために今日は彼の自宅を訪れた。
セルティさんは相変わらず不在で、臨也さんも僕をこの場所に送り届けた後は仕事に出かけて行ってしまったため、今は僕と岸谷さんの二人だけだ。正直緊張しないと言えばうそになるから、後で迎えに来てくれると言っていた臨也さんの帰りを無意識に心待ちにしている自分がいる。それを自覚して、少し恥ずかしくなった。

僕の心情なんかこれっぽちも知らない岸谷さんは、どうやら僕のすぐ真正面まで移動してきたらしい。人が動く気配がする。「かけるよ」とそう言われた直後、視界を覆うガラスが目に飛び込んできた。急な視界の変化に「うわ、」と声を上げると、岸谷さんはくすくすと笑った。

「見える?」
「あ、はい……ありがとうございます」

どういたしまして、岸谷さんはそう言ってまた笑う。けれど、その笑いはすぐに悲しげなものに変わった。悲しい、というよりは呆れているというか、憐れんでいるような。

「そんなもの、別に必要ないのにね」
「え……」
「本当は見えてるんだろ」

岸谷さんは笑顔のままだった。僕は顔を強張らせる。「図星だね」岸谷さんはまた笑った。

「……気づいて、たんですか」
「いや、気がついたのは今日だよ。そもそも君とはあの日以来顔を合わせていなかったしね。今日君と対面して、それで気づいた」
「さすが、お医者さんですね」
「闇医者だけどね……視力が戻ったのは結構前からだろ?どうして臨也に言わないの」

眼鏡の調整に使っていたらしい道具を片付けながら、岸谷さんはそう問いかけてくる。僕は少し度の強い眼鏡を外す事もせずに、ただぼんやりと思考した。

「……目が見えるようになったら、もう臨也さんは僕の傍にいてくれなくなると思って」

思考の末導き出した回答。これは本心だった。ただ彼から見放されるのが、興味を失われるのが怖かった。ただそれだけなのだ。

「歪んでるね」

岸谷さんは再度同じ言葉を口にする。それは臨也さんだけでなく、僕の事も指しているのだとようやく気がついた。




元々臨也さんを欺いている事に対しての罪悪感は大いににあった。臨也さんの家で生活するようになって、怪我も大分癒えた頃、僕の視力は徐々に回復していった。依然と同じ程度にまで、とはいかないが、実生活に支障が無い程度には回復している。
それを臨也さんに言い出せなかったのは先程岸谷さんに告白した通り、怖かったからだ。

僕は臨也さんの事が、好きだ。視力を失った時、確かに目の見えない恐怖と不安は尽きなかったが、それと同じくらい、彼の傍に居られる現状を喜んでいた自分もいた。歪んでいる、と岸谷さんが言った言葉は正論だと思った。僕は、歪んでいる。
今尚目の見えないふりを続けて、臨也さんの優しさを甘受しているのだから。

けれどやはり、元から抱いていた罪悪感に加えて、岸谷さんにあっさり見抜かれてしまった事実は僕の心を大いに不安で埋め尽くした。罪の意識、良心の呵責、そんなものに押し潰されそうになる。嘘をつき続ける事自体が、怖くなった。

(どうせいつかは、終わる)

こんな生活が永遠と続くはずはない。それは分かっていた。いつか来る終わりの時に、僕の嘘が知られた時に、僕は怖くなる。嘘をついていた事で臨也さんに軽蔑されたら、侮蔑されたら。今更嘘は消えない。どうあがいたって消えない。
僕はなんて事をしてしまったんだろう。嘘をついて今という夢のような現状を手に入れた。でも僕は未来の事をちっとも考えていなかった。

(……謝ろう)

正直に話そう。全部告白して、こんな罪悪感から逃れたい。
結局自己満足な結論しか出せない僕は、本当に卑怯な人間だと思った。

「……臨也さん」
「なに、帝人君」

もうすっかり慣れ親しんだソファの感触。臨也さんはデスクでパソコンとにらめっこをしていた。仕事は多々あるらしい。僕を気遣って外に出なくなった分、やる事はたくさんあるそうだ。それにもまた罪悪感。
岸谷さんに僕の嘘を指摘されたのは、もう一週間以上も前の事だというのに。うだうだと考え結論を先延ばしにしてしまう自分が、やっぱり嫌だと思った。

「あの、僕、実は、」

度が少しだけ強すぎて視界が歪む眼鏡を、それでも外さずに僕は言葉を紡ぐ。臨也さんの方は向いていられなくて目の前のガラステーブルに目線を落とした。
喉が渇いてうまく言葉が発せられない。決意したばかりだというのに、やはり嘘を告白する事は臆病者の僕にとっては簡単ではないらしい。
黙りこくってしまった臨也さんに僕の緊張が高まる。不自然な沈黙を破る勇気も度胸も中々湧かなくて、僕は暫くの間口をもごもごさせていた。

「……言わないで」
「え、」
「それは、言わなくていい」

いつの間にかデスクを離れた臨也さんが、ソファに座る僕を囲うように抱きしめてきた。突然の状況に目を白黒させていると、彼は酷く悲しそうな声で、僕に懇願する。

「君がそれを言うなら、俺は帝人君の目を潰さなきゃいけなくなるからさ」

だから、言わないで。


臨也さんは、全部気付いていたんだと僕は気付いた。気付いた上で、こんな滑稽とも呼べる盲目ごっこを続けていたんだ。

(……なんだ、そういう事なのか)

つまり、僕は臨也さんの傍から離れなくて、いいって事なんだ。僕はこのまま、嘘を貫き通せばいい。
嘘を本当にされるのは怖いから、僕は嘘をつき続ける。そして、臨也さんは僕が嘘をつき続ける事を望んでいる。
なら何も問題はないじゃないか。

歪んでるね、岸谷さんの言葉が思い返される。

歪んでてもいいや。臨也さんの傍にいられるのなら。
そう考える僕は、いや僕だけでなくきっと臨也さんも、相当歪んでいるのだろうと改めて思った。











「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -