「臨也さんって、園原さんの事好きなんですか?」

狭い四畳半の部屋は、テーブルを置いただけでさらに狭苦しくなる。そのテーブルの上に並べたキャベツとニンジンと魚肉ソーセージのみが入った、少し濃いめの味つけの焼きそば。少しぱさぱさしたそれを食べながら、同じく少しぱさぱさしたそれを美味しいと言いながら食べている臨也さんに僕はそんな質問をした。

「……は?何それ、本気で言ってんの」

すると先程まで上機嫌そうに見えた臨也さんの表情が一変、険しいものに変わってしまう。僕はその表情の変化に酷く焦って、「す、すいません」と咄嗟に謝罪した。

「不躾でしたね、ごめんなさい……」
「……いや、そう言う事じゃなくて。誰が、誰を好きだって?」
「え、だから、臨也さんが園原さんを……」

好きなのでは、そう最後まで言い連ねる事は出来なかった。ばんっ、と思いっきりテーブルの上に箸を置いた臨也さんがその鋭い瞳をよりいっそう鋭くさせてこちらを睨んできたからだ。臨也さんは基本的に胡散臭い笑顔を浮かべているのが常だったから、その迫力に僕は押し黙ってしまう。
正直に言うと、ちょっと怖かった。笑っていない臨也さんの本気の怒りというものが垣間見えて、怖い。

「……どうして、そう思うわけ」
「あ……いや、あの、」
「いいから答えろ」

びく、と思わず箸を取り落とす。鋭い眼光だけでなく言葉にまで深い憤怒が滲んでいる気がして体が竦んだ。
さっきまでの和やかな食事の雰囲気は一体どこに逃げて行ってしまったのか。逃走した和やかさの行方を思案するも行く先なんか見当もつかず、僕は目の前の臨也さんに視線を合わせられないまま情けないほど小声で呟いた。

「……臨也さん、園原さんの前だと、すごく優しそうに笑うから……」

意外だと僕も思う。が、実は臨也さんと園原さんは面識があるらしい。しかもちょっとした顔見知りとかそういう低レベルな間柄ではない。
二人で普通にお茶に出かけたり、普通に買い物に行ったり、そういう事が普通にできるくらいには、臨也さんと園原さんの交流は深かったりする。
僕は何回か、街中を一緒に歩いている臨也さんと園原さんを見かけた事がある。ある時は露店で、ある時はカフェで、ある時は公園で。僕は二人の姿を度々目にした。
二人が具体的にどんな関係でどんな話をしているのかとか、そこまで詳しい事はさすがに分からない。けど、たった一つだけはっきりと分かる事がある。

それは、園原さんと一緒に居る時の臨也さんの表情は、びっくりするぐらい優しいものだと言う事。
少なくとも、僕の前では一度も浮かべた事のない表情だったように思う。
僕も臨也さんと顔合わせる頻度は決して少なくは無い。多くも無いけど、それなりに顔を合わせる。そんな"それなり"の回数の中で、臨也さんがあんな、柔らかくて邪気のない笑顔を見せた事は、ただの一度も無かった。
誰に対しても底の知れない嫌な感じの笑みを浮かべる人だと思っていただけに、その時の臨也さんの表情はまさに衝撃的だった。

あの人、あんな顔も出来るんだ。

純粋にそう思った。きっと、園原さんは臨也さんにとっての特別なんだろう、でなければあんな、慈愛に満ちた表情を浮かべたりはしないはずだ。

(臨也さんは、園原さんの事、)

本当に好きなのかどうか。多分好きなんだろうけど、けどそうでない可能性もあるかもしれない。いや、別に臨也さんが園原さんを好きでも僕には全然関係なくて、結局は園原さんが選ぶ事だし、そう心の中で言い訳めいた声が響いて反響するが、胸のもやもやが消え失せない。
ならばいっそ直球で本人に聞いてみればいいのだ、そうすればすっきりするはずだ。

そう思って、この胸のもやもやと苛々を払いたくて、僕は慣れない色恋の話題なんてものを口にしたのだが。
やっぱり、慣れない事はするもんじゃないと思った。

「俺が彼女と居る時はすごく優しそうに笑うから、そう思ったんだ」
「は、い……」

素直に理由を吐露すると、大袈裟にため息吐かれたのが気配で分かった。やはりこんな質問は不躾すぎたか、そりゃそうだよねいきなりこんな話されたら誰だって嫌がるよね、相手が同世代の思春期真っ盛りな高校生だったらいざ知らず、今目の前にいるのは何処をどう見ても大人の臨也さんなんだから。デリカシーの無い質問に、気分を悪くさせてしまったんだ。

申し訳なさと怒っている臨也さんへの恐怖に、ますます顔が上げられなくなる。すっかり冷めた焼きそばに手をつける事も出来ずにテーブルの上を凝視していた。するとがたんっ、とまた大きな音がして何事かと顔を反射的に上げるよりも先に、後頭部を襲ったのは鈍い痛み。
臨也さんが僕を、酷く怒った鋭い眼差しで見下ろしていた。臨也さんの背後には木目の天井が見えて、僕は状況を理解する。畳の上に押し倒されたのだ。

「い、ざ……」
「なんなのそれ、そんな理由?そんな理由で俺が園原杏里を好きだって思い込んだわけ?ふざけんなよ、ああもうほんと馬鹿らしいったらない。つまり俺の気持ちも思いも考えも君には全然伝わって無かったって事だ、ああほんと馬鹿らしい腹立つ、折角柄にもなく少しずつゆっくり近づいてってやろうっていう俺の気遣いは本当に綺麗さっぱり君に届いてなかったんだっ、」
「……っ、!」

ぎり、と掴まれた左肩と右腕の二の腕が冗談ではなくかなり痛んだ。手加減なしに畳の上に押さえつけられて、僕はいよいよ本格的な恐怖と対面する。
一気にまくしたてた臨也さんは僕に顔を近づけて、

「むかつく」

本当に心底苛立った表情でそう吐き捨てた。

そして彼の掌が帰宅してから着替える事もせずにそのままだった制服のシャツに、かかる。

「いざやさんっ……!」

制止の声も虚しく部屋に響くだけで、シャツはあっさりと引き裂かれた。はじけ飛んだボタンが畳の上をころころと転がり、僕は信じられない思いで臨也さんを見上げる。

怖かった。ぎらぎら光る赤い瞳も、いつもより荒々しい口調も、乱暴なその手つきも、怒りをあらわにする表情も。
全部が全部、恐怖の対象だった。

「うごくなよ」

耳元で低く囁かれて、背筋に走ったのは悪寒のような震えだった。彼の手がベルトにまで伸びてきてそれを引き抜きにかかる。手を伸ばしてその動きを止めさせようとすると、舌打ちした臨也さんが僕の両手を片手であっさりと戒めてしまう。頭上に押さえつけられ動きを封じられ、がたがたと震える体を止められない。

「やめ、いざやさん……やめてくださいっ」

懇願を聞き入れてくれるはずはないと心のどこかで諦めてはいたけれど、それでも一縷の希望に縋って僕は必死にお願いした。しかしやはり、彼がこれしきの懇願で止めてくれるはずはなく、引き抜かれたベルトは傍らに放り出されそのままずるりとスラックスと下着が剥ぎ取られる。
何をされるのか、状況が咄嗟に理解できなかった僕は唐突に晒された下半身に羞恥を募らせるも、伸びてきた手に自身を掴まれ情けない悲鳴を上げる羽目になった。

「っ、やだっ……!なに、やめてっ!」
「誰が、止めるかっての、」

自分でもあまり触れた事のない性器に、他人指が絡みつく。敏感な個所を他人に握られている恐怖、他人にさらされている羞恥、それらが綯い交ぜになって自然と涙が浮かんだ。

「ひっ、やあっ……!ゃ、あぁっ!」

嫌だと抗っても擦られれば気持ちとは裏腹に体は反応してしまい、自慰もろくろくしない僕にとってはまさに恐怖とも呼べる未知の感覚が全身を駆け抜ける。荒々しく扱かれ先端の皮を剥くように抉られ、溢れ始めた先走りが奏でる水音にもう死にたいほどの恥ずかしさが湧きあがった。

「っん、やぁっ……はっ、ああっ」

荒くなる息が止められない。もがいていた体はいつの間にか齎される妙な感覚に翻弄されるがままで、僕は今感じているこの妙な感覚こそが快感だとは認識出来なかった。
だって、こんなに恥ずかしいし、こんなに苦しいのに。こんなのが気持ちいいという感触だなんて、信じられない。

「いざっ、やさんっ……やだ、もっ、やだっ!」

限界が近づいてきて目の前が白く霞んでいく。手を離してほしくて腰を引くが逆に引き戻されてしまい、むしろ手の動きは速くなるばかりだった。

「やぁっ……やめ、だめっ、はなしてっ……!」
「いいから、イけよ、」
「っ、ふぁっ、あ、ぅあぁぁっ!」

どくんと体が大きく跳ねた。びゅくりと射精した感触にまたじんわりと涙が浮かんでくる。
人の手で、他人に触られて、他人の目の前で、しかも臨也さんの目の前で、達してしまった。
その事実にぽろぽろと零れるだけだった涙がどっと溢れかえってくる。みっともないと思う理性も働かないまま、僕はひぐひぐと喉を鳴らして嗚咽を吐き出した。

「っ、なっ、で……こんな、ことっ……」

未だに両手は畳に押さえつけられていて、顔を隠す事も乱れた衣服を整える事も出来ない。けれど自分の体裁なんか気にしていられる状態でもなくて、僕はただ涙を流した。

確かに、不躾な質問をした自覚はあったし、デリカシーの無い、まるで詮索するような発言だったと反省している。でも、それで怒ったからといってこの仕打ちはあんまりだ。
服を剥かれて無理矢理性器を握られて無理矢理の射精を強要されて。
恥ずかしくて怖くて悲しくて、どうして臨也さんがそんな事をするのか分からなくて、こんな事をするくらいこの人が怒っているんだと気付いて僕はまた悲しくなった。

「ご、めん、なさい……っ」
「……それは、何に対するごめんなさいなの?」

もしそれが自分の失言で俺の気分を害させてしまったと思っての発言だとしたら、不正解だ、残念だけど許してあげない。

そう言われて僕はもうどうする事もできなくなる。謝っても許してもらえない、ならどうすれば臨也さんは許してくれるのか。どうすれば許してもらえるのか。

ぐずぐずと泣く僕の顎を臨也さんは乱暴な手つきで掴む。また何かされるのかと身を竦ませると無理矢理視線を合わせられた。ぎらぎら光る赤い瞳が僕を見据えていて、また恐怖がじんわりと足先から広がっていく。

「よく、聞いとけよ」
「っ……」
「俺が好きのは園原杏里じゃなくて、君だから」
「……は、……?」

どういう意味だ、咄嗟にそんな質問を投げかけそうになって口を噤んだ。
臨也さんの瞳は、まだぎらぎらと光っていて、それが獲物を目にした野生の猛獣のように感じられたからだ。ここで僕が何か口を開けば、たちまち獰猛な猛獣に食い殺されてしまう、そんな気がして、僕は言葉を失った。声を出す事すら、怖くて出来なくなった。

臨也さんはそんな獰猛な光を宿らせながら、尚も言い連ねた。

「だから、次にそんな馬鹿げた事言ったら本気で犯すから」

臨也さん越しに見える木目の天井が酷く歪んで見えて、自分の家のはずなのにまるで他人の部屋のように、僕には思えた。










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