入ってすぐ、どでかいダブルベッドが室内の中央に鎮座しているのに面喰う。そして雰囲気を出すためだろう、意図的に暗くされた淡いピンク色の照明に帝人は泣きたくなった。やっぱり帰ろうと思うも、背後には臨也がいる。ここまで来てしまった以上今更帰るとは言い辛く、そもそもこんな格好では外を歩きたくない。帝人は意を決して室内に足を踏み入れた。




事の始まりは本日の下校時だった。
職員会議があるとかで授業が午前中だけだっため、いつもより早い時間帯に帰路を歩いていた帝人はその途中、偶然臨也と遭遇した。軽く挨拶を交わし他愛も無い話に花を咲かせていた二人だったが、事件はその瞬間に起こる。

まるで漫画のような話だと笑いたくなるが、生憎現実だ。帝人と臨也が立ち話をしていた路地の一角には、災害時用の消火栓がある。その消火栓が、突如として破裂したのだ。
破裂による被害を被ったのは他でもない、帝人と臨也である。不意の事態だったため避ける事も出来ず、結果、二人は水を盛大に被ってしまう。
消火栓は整備中だったのか、近くに居た作業員と思しき男が慌てて水を止めようと走り寄って来るのが水飛沫の合間に見えた。だが冷静なのは理性だけであり体は咄嗟に動かない。帝人は驚きのあまりそのまま水の中に突っ立っている事しかできなかったが、臨也に腕を引かれてようやく避けるという行為を思い出し、その場から退いた。

消火栓の水は程なくして作業員の男の手により止まったが、その時にはもう帝人と臨也は手遅れな程ずぶ濡れだった。作業員は二人に申し訳ないと何度も頭を下げたが、帝人は大丈夫ですよと笑い、その場を収めた。
確かに驚いた事には驚いたが、別に怪我をしたわけでもないのだ、必要以上に作業員を責める気は湧かない。幸いにも肩から下げていた鞄は体の後ろに回していたためあまり濡れていなかったし、中身も無事だったので問題は全くなかった。
ただ、臨也は憤慨するかもしれないと懸念したが、彼は帝人の対応を黙って見ているだけで何のアクションも起こさない。どうやら彼も気にしていない様で、帝人はほっと安堵する。

散々頭を下げた作業員は帝人に見送られるようにして車で去っていった。次の整備に向かわなければならないらしい。次の場所では消火栓が暴発しないといいなあ、と帝人が他人事に思ったところで、「それで?」と後ろで黙っていた臨也が口を開く。

「優しい優しい帝人君は、これからどうするつもりなのかな?」
「え?」

振り返ると、その動きに合わせて湿った前髪から雫が落ちてきた。臨也も同様に濡れた前髪を邪魔そうに掻き上げている。そこでようやく、帝人は臨也の言葉の意味を理解してはっとした。

「こんな格好のまま往来を歩いて家に帰るわけ?」

繰り返すが、臨也も帝人もずぶ濡れだ。濡れ鼠だ。帝人の制服や臨也の上着の色が変わってしまうほど、満遍なく濡れている。帝人はワイシャツもびしょ濡れになっている事にようやく気付いて、顔が蒼くなった。
ここから自宅まではまだ距離がある。電車にも乗らなければいけない。その道のりをこんなずぶ濡れの格好で歩くのは、さすがに憚られる。そして生憎と今日の天気は晴天だった。青空の下こんなに濡れた自分がどんなに異質であるかは、明白だ。

「その様子じゃ、なーんにも考えてなかったみたいだね」
「は、はい……」
「お人好しなのはいいけどさ、馬鹿みたいだよ?君」

臨也の言葉に反論できず、帝人は言葉に詰まる。臨也は項垂れる帝人を見て何を思ったのか、それじゃあ、と口を開いた。

「仕方ないから、どっかで服乾かしていこうか」
「……そんな所あるんですか」
「うん、ある」

やけにきっぱりと言い切る臨也に帝人は首を傾げた。乾かすと言ってもこんな格好では入れる店も限られている。まさか近くにコインランドリーがあるわけではないだろうし、帝人には臨也が何処でどうやって服を乾かそうとしているのか、全く見当がつかなかった。
だが臨也は意味深に笑うだけで、行き先を告げようとはしない。どの道こんな姿では家にも帰れないので、帝人は素直に臨也についていく事にしたのだった。




そして、のこのことついてきた十分ほど前の自分を恨めしく思う。あろう事か、臨也が帝人を引き連れてやってきたのはラブホテルだったのだ。この辺りってホテル街なんだよね、といらない説明付きで歩く臨也は呆然とする帝人を強引に中まで連れ込み、今に至る。

確かに、臨也に行き先を聞かなかった自分が悪いのかもしれない。だが服を乾かす、イコール、ラブホなんて等式が帝人の頭の中で成り立つはずもない。一種騙されたような心持の帝人ではあったが、臨也は部屋に入るなり上着を脱ぎ、慣れた動作で浴室に続いているらしい扉を開けた。

「帝人君、シャワー浴びるだろ?服は脱いだらここの洗濯機に入れるといいよ。乾燥機付いてるから勝手に乾かしてくれるだろうし。あ、制服は皺になるだろうからその辺でハンガーに吊るしておきな」
「あ、はい……」

ラブホテルという場所に何の免疫も無い帝人は、この独特の雰囲気や臨也の考えについていけず困惑しっぱなしだ。だが臨也はというと特に何も感じてはいないのか、いつもと何ら変わりない様子で帝人に風呂を勧めてくる。
先に使うのも奢られている身としてはどうかと思い、臨也さんは、と帝人は控え目な声で問うた。しかし俺は後でいいと臨也は脱衣所から出ていってしまい、扉はぱたんと閉め切られる。

(なんだかなあ……)

脱衣所や浴室はさすがはラブホ、と言えるような内装ではあったが、それ以外は普通とさして変わり無い。シャワーを浴びながら、知らずに緊張して強張っていた体の力が抜けていくのを感じた。
そうだ、場所がラブホというだけであって、自分達はただ単に服を乾かしに来たのだけなのだ。何もやましい事が起こるわけでもない。
そう考えたところで、帝人の心は大分落ち着いた。場所が場所だけにいらぬ想像をして緊張していた自分が恥ずかしくなり、帝人は俯く。
そもそもこの場所の料金も臨也が持つと言ってくれたのだから、彼には感謝するべきだ。あのまま帝人一人だったらどうする事も出来ず往生するしか出来なかったろうから、臨也の好意に素直に感謝しよう。

シャワーを浴びてから脱衣所に出ると、そういえば着る服が無いという事に思い至る。だがラックの上にバスローブが置いてあるのを見つけ、それに袖を通した。もちろんバスローブを着た経験なんて帝人には無い。バスローブに対してセレブな印象を抱いていた帝人は、若干の感動を覚えながら臨也の待つ部屋に戻った。











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